くらうちちぐらさんは、「夜の病院」で登場人物が「髪を撫でる」、「トランプ」という単語を使ったお話を考えて下さい。
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このまま目を開けなかったら。
このまま離れていってしまったら。
また見送ることになってしまったのなら。
「……ん?」
目を覚ますと見慣れない天井。ぼんやりとした頭のまま、ゆっくり身体を起こすと、ぎいとベッドが音を立てた。ここはどこだろうか。穹は周囲をうかがう。
やや狭い一室にベッドがひとつ、窓がひとつ、ドアがひとつ。棚もあるが、その他の余計なものは置かれていない。病室だろうか。ふと、ベッドのそばに、椅子がひとつ置かれていることに気づく。誰かがそばにいてくれたのだろうか、そもそもどうして自分はここに、などと考えていると。
「うっ、え」
急に喉から何かがせりあがってきたような感覚がある。しかし外に出るには至らず、再びどこかに戻っていく。その不快感で顔をしかめていれば、がちゃりとドアが開いた。姿を現したのは見慣れた男がひとり。一瞬息を呑んだような様子を見せてから、胡散臭い笑みをのせて声をかけてきた。
「やあ、おはよう星核くん。気分はどうだい?」
「……あんまり良くない」
だろうね、と彼は、アベンチュリンは軽やかに返す。
「君はずいぶんと無茶な飲み方をしていたからね、倒れてしまうのも無理はないよ」
「無茶……? 倒れ……?」
「おや、覚えていないのかい? 君、依頼で茶の試飲をしていたじゃないか」
「茶の試飲……ああ、そういえば」
穹は思い出し、茶の味を思い出して顔をしかめた。今朝方、新作の茶をいくつか飲んでほしいという簡単な依頼があった。アベンチュリンと出かけるついでにこなしてしまおうと受けたのだった。
茶は激臭を放ち、味は苦さと渋さとを究極に煮詰めたような壮絶な味で、飲むのはためらわれた。しかしこれまでの様々な経験上、まあ大丈夫だろうと思い、一気に飲んだ。飲んで、それからの記憶がない、ということは。
「うん。そのまま意識を失って倒れたんだ」
「毒か何かを盛られてたのか?」
「まあ、結果的にはそうなるかな。正確に言えば、毒になってしまったというべきか……」
最良の茶にすべく試行錯誤した結果、組み合わせると毒に変わる材料を入れてしまったらしかった。本人にはその自覚も知識もなかったようだ。とはいえ、知らなかった、では済まされない。依頼人はそのまま事情聴取へと連れていかれ、穹は病院へ運ばれた。
毒自体はきちんと外に出せたらしいが、体力は消耗されているし、体調はさすがに万全とは言えない。ひとます今日は絶対に安静にしてくださいと厳命された、とのことである。
「以上。何か質問はあるかい?」
「俺、どのぐらい寝てたんだ?」
「そうだね、わかりやすく表現するなら、朝から夜まで、というところかな。予定は未定、確定とはいえないものだとしても、君と出かける予定が変更になってしまったのは残念だ」
「それは……悪かった」
「他にはあるかい?」
手持ち無沙汰なのか、アベンチュリンはトランプを取り出し、慣れた手つきでシャッフルを始めた。なぜ急に、とは思ったが、言葉にはしない。
「列車には連絡したのか?」
「あいにくと連絡先を知らなくてね、できていないんだ。それは君が連絡してくれると助かる。もしかすると、僕が君を連れ回していると思われているかもね」
慌ててメッセージを確認すると何件も通知がついている。あとでしっかりと報告することにしよう。
「他には?」
「お前は、ずっとここにいたのか?」
その質問にアベンチュリンはもちろんと返してくる。
「事件の状況や事情を知っているのは僕だけだったからね。ああ、純粋に君を心配していたというのもある。さて、マイフレンド。ここでちょっとしたゲームをしよう」
「え?」
困惑する穹に、アベンチュリンはシャッフルし終えたトランプを手渡す。
「簡単な数比べだよ。今からお互い裏返したままのカードを二枚引く。足した数が大きかった方が勝ち。簡単だろう?」
「簡単、だけど、何で急に」
「大事なことだからさ。そして負けた方は勝った方の言うことを聞く。シンプルだろう?」
「アベンチュリン……」
「さあ、二枚カードを引いて、それから僕に寄越してくれるかい」
有無言わさぬ迫力に押され、穹はカードを二枚引き、あとのカードをアベンチュリンに渡す。アベンチュリンも二枚引いて、さて、勝負のときだ。計算を終えて互いにカードを出し合う。
「十八。お前は?」
「十九。僕の勝ちだ。じゃあ、負けた方は勝った方の言うことを聞いてくれ」
「……あんまり、無茶なことは言わないでくれないか」
「それではつまらないんじゃないかな? さて、どうしようかな……うん、こうしよう」
どんな無茶を言われるのだろうかと穹が警戒していると、アベンチュリンは存外柔らかい声音でこう言った。
「今後、こんな無茶はしないように」
「え?」
「今日みたいに、僕に心配をさせないように。いいかい?」
「え? …え?」
困惑を隠せない穹に、アベンチュリンは子どもに言い含めるかのように言う。
「驚いたかい? けれど、これは大事なことだよ、マイフレンド。前にも言っただろう?」
アベンチュリンの手が穹へと伸びる。穹の髪を撫でて、そのまま頬をなぞる。その手が、視線が、声が震えていることに、穹は今更気がついた。
「アベンチュリン」
「……どうか」
僕を 失望させないでくれ 。
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