離さないよ(アベ穹※現パロ)

「お、わったぁ〜」
 深夜一時。課題の提出を終えた穹は大きく伸びをしてからベッドに飛び込んだ。が、直後に腹が鳴った。そういえば昼から何も食べていない。課題の提出どころか、そもそも取り組んですらいないことに気づいたのが昼過ぎ。早朝までに提出すればいいと知り、必死に取り組み続けて提出を終え、身体も安心したのだろう。ぐうぐうと途端にやかましく空腹を訴え始めた。
 しかし時刻は深夜一時。こんな時間に食べるわけには、と思うが、眠気よりも食欲が勝っている。穹は部屋を出て、キッチンへと向かった。
 途中、穹はアベンチュリンの部屋のドアを開け、中の様子を確かめる。彼は寝ているらしい。穏やかな寝息が聞こえてきた。よしよし。お疲れ様。そのまま寝ていてくれ。
 今から深夜の背徳キッチンを始める予定なので。

 キッチンの灯りをつけて、穹は棚から袋麺をひとつ取り出す。味噌味のラーメンが残っていた。それならば今夜はちょっとこってりとさせてみようか。さらに冷蔵庫から食材を取り出していく。厚切りのベーコン、もやし、コーン、バター。熱でとろけてのびるチーズも見つけた。
 さて始めよう。ウキウキと鼻歌を歌いながら穹は準備を始めた。
 フライパンでもやしとベーコンをさっと炒め、そして小鍋に水を入れてラーメンを茹でる。器に麺と炒めたもやしとベーコンを盛り、最後に作るのはスープだ。粉末のスープでは物足りず、味噌汁用の味噌も足しておく。スープを器に入れてバターを添え、コーンをふんだんにかける。最後にチーズを上に載せて、完成だ。
「おおお……!」
 出来上がったラーメンはキラキラと輝いているように見えた。深夜に食べる背徳のラーメン。空腹も相まって至高のグルメに思えた。リビングのテーブルに座り、穹が弾んだ声でいただきます、と手を合わせた。直後。
「おやおや、おいしそうだね、穹くん」
「うっ!?」
 見やればリビングの入り口にアベンチュリンが立っていた。
「アベンチュリン、寝てたんじゃ……」
「たまたま目が覚めてね。楽しそうな音と声が聞こえてきたから、気になって来ちゃったんだ。それで穹くん、こんな時間に夜食を食べるつもりかい?」
「だ、だって、昼から何も食べてなくて……」
「責めようというわけじゃないよ。ただ、ひとりで食べるつもりかい?」
 アベンチュリンは穹のもとに近づいていき、向かいに座ると首を傾げてみせた。ぐう、という腹の音はアベンチュリンの方から聞こえた。
「僕の分はないのかな?」

 深夜二時。リビングにはラーメンをすするふたりが向かい合って座っていた。
「うーん、チーズがとろけて味噌と絡んで……バターの濃厚な味わい……背徳……」
「カロリーはどれくらいになるんだろうね」
「現実に引き戻さないで……」
 そんなことを言い合いながら、ふたりはラーメンのスープを飲み、ぷはあと息をついた。
「そういえば、大丈夫なのか?」
「何がだい?」
「こんな時間に起きてて、ラーメンなんか食べて、朝起きれるのか? 俺は休み中だけど、アベンチュリンは仕事だろ?」
「そうだね、まあ、でもちょうどいいよ。食べ終わったら出ようかな」
「え……?」
「今日は……四時集合だからね……うん、ちょうどいいよ……」
 アベンチュリンの美しい瞳がどんよりと曇っている。朝四時集合、とは。社会人にはたまにあることだよ、とアベンチュリンは言う。
「大変なんだな、社会人って。でも、俺ももう何年かしたら社会人になるんだよな……」
「そうだね。僕としては、君には健やかな社会人になってほしいかな。どうか悪い大人に引っかからないでね」
「了解。でもまあ、アベンチュリンがそばにいてくれるから、大丈夫だと思う」
 穹の言葉にアベンチュリンが目を丸くした。
「君……僕がこれからも君のそばにいると思っているのかい……」
「え? そばにいないのか!?」
「いるよ!? いるけど!? その……思ってくれてるんだなあ……と思って……」
「……お前が嫌なら離れようかな」
「嫌じゃないよ!? 離さないよ!?」
「ふ、ふーん……離さないんだ……?」
 嬉しそうににやにやと笑う穹の姿にアベンチュリンの胸がきゅんと高鳴る。そのまま彼を抱きしめてしまおうかと思った矢先に、アベンチュリンのスマホのメッセージの受信音が鳴った。アベンチュリンはスマホを確認し、メッセージを見て、うなだれた。
「ど、どうした?」
「予定変更。もう出なきゃいけないみたいだ」
「うええ……」
「社会人にはよくあることだよ……」
 そう言ってアベンチュリンは夜食を片付け、リビングを出て急いで出かける支度を始める。ため息をつきながらアベンチュリンは思う。
(彼と出会ったのが学生の頃だったら)
 もっと一緒に過ごせる時間があっただろうに。出会うのが遅すぎた。もう少し早ければ自分はもっと早くに救われていたかもしれないのに。そんなことを思っても仕方ないのだけれど。
 支度を終えて玄関に向かうと、穹が駆け寄ってきた。
「アベンチュリン!」
「穹くん?」
 穹は勢いよくアベンチュリンに抱きつき、その頬に口づけた。そしてアベンチュリンから離れた穹は視線を彷徨わせながら小さく手を振った。
「その……行ってらっしゃい……」
「……穹くん」
 アベンチュリンは手を伸ばして穹を抱き寄せ、その頬に口づけ、深い深いため息をついた。
「……離れたくないな」
 出会うのが遅かった分、どうかこの先、できるだけ長く、そばにいて。

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