止むまで、止むまで(フィガオズ)※現パロ

 今夜はあいにくの雨。今は小雨だが夜中からだんだんと激しくなってくるらしい。そんな天気でもフィガロの機嫌は良好。傘を差し、鼻歌を歌いながら帰り道を歩いていた。明日は久々に休日。今夜は多少はしゃいでもいい夜だ。
 何をしようか。ゆっくり一人酒を楽しもうか。シャイロックがくれたワインがまだあったはずだ。それに合うつまみも用意して、と、帰宅後の楽しみに胸をおどらせていると、水を差すかのようにメッセージの通知音が鳴る。携帯を取り出し、画面に出てきた送信者を確認すると、フィガロは携帯をしまい込んだ。うん、スルーしよう。あの人たちに構われる気分ではない。そう決めて再びつまみについて思いをはせる。ワインに合うのはなんだろうか。だがその答えにたどり着く前に、今度は電話が鳴り始めた。しばらくは放っておいたが鳴り止みそうにない気配だ。あきらめてフィガロは電話を取る。
「はい、なんですかスノウ様」
「やっほー! フィガロちゃん! 我らからのメッセージを見た? もしかしてスルーしようとした?」
「はは、そんなわけないじゃないですか。確認するところでしたよ」
「ほんとかのう? で、今夜予定は? 空いてる? 我らと一緒に飲み会しよっ!」
「残念、一人酒の予定です。はい、切っていいですか」
「フィガロちゃんってば最近つれないー! 一人酒なら我らに付き合って! 一人より四人で飲む方が楽しいでしょ!」
「今夜はゆっくり飲みたい気分なんですよ。そろそろつまみも買わなきゃいけないので、あれ……」
 ひい、ふう、みい。参加者の数を指で数えてみてフィガロは首を傾げる。
「四人って、俺とスノウ様とホワイト様と、誰です?」
 そう問えば、フィガロちゃんてば、ほんともう、と呆れたようにため息をつかれた。ため息をつかなくても。むっとしつつもフィガロはスノウの答えを待つ。
「もちろん、しょぼくれオズちゃんじゃよ!」
「ああ……」
 そういえば先月、彼の養い子は進学のため、家を出たのだったか。とはいえずっと家を離れるわけではない。彼らの関係も良好だ。休暇となればきっと帰ってくるだろう。そのためあまり気にかけてはいなかったのだが。
「元気ないだろうなーと思って顔見に行ったら、ほんとに元気なくて。我らとしてはオズちゃんになんとか元気出してほしくて、ぱーっと飲もう! って誘ったんじゃよ。あ、もう始めちゃってるんだけどね!」
「そこに俺にも来てくれってことですか」
「そうそう。オズちゃんも来てほしそうな顔してて……もー、そんな顔しないの、オズちゃん。で、どう? フィガロちゃん、来てくれるよね?」
 どうやら本人のいる前で電話をしているらしかった。すぐさま返事をしたいところだが悩みどころではある。久々に好き勝手にゆっくり過ごせそうな夜である。そんな夜を自分のために使うか、兄弟とも親友とも、腐れ縁とも呼べる、オズのために使うか。天秤にかければどちらに傾くか。かけてみれば。
「はあ……行きますよ。どこでやってるんです?」
「そうこなくっちゃ! 駅前の店じゃ! 店名と住所送っとくからチェックしといてね。じゃ、待ってるからねっ!」
 電話を切り、フィガロは深々とその場でため息をついた。
「……俺って結構身内びいきなのかも」
 感謝してくれよ、オズ。そうひとりつぶやき、フィガロは彼らが飲んでいる店の方へと向かった。

「フィガロちゃんいらっしゃーい!」
「お待たせしました。オズ、久しぶり」
 通されたのは狭い個室。たどり着くまでに他の部屋のそばを通ってきたがどの部屋からも大変にぎやかな声が聞こえてきた。いつも贔屓にしている店とは違ってやかましく大衆的な店だ。部屋にはテーブルがふたつ横並びになっており、その上には料理がすでに並べられていた。二対二で座るとよさそうなものを、なぜか三対ゼロで座っている。オズはスノウとホワイトにぎゅうぎゅうに挟まれ、うっとうしげに顔をしかめていた。彼らの向かい側に腰を下ろして酒を注文する。今夜は焼酎で手を打とう。
「いつものバーとはうってかわってにぎやかですね」
「あっちにしようかと思ったんじゃけど、しんみりしてしまうかと思ってのう」
「たまには若い子が集う居酒屋もいいかなって。ねっ、オズちゃん。にぎやかで楽しいよね?」
「落ち着かない」
 渋面を作りながらオズは酒をあおる。頬はやや赤い。ノンアルコールやソフトドリンクのスノウとホワイトとは違い、そこそこに飲んでいるらしい。そうこうしているうちにフィガロの分の焼酎も届いた。
「まあまあ、たまにはいいじゃろ。はい、かんぱーい」
 かんぱーい、と声を合わせて四人で乾杯した後に酒をあおる。料理は塩味の強い肉料理が多かったがかえって酒が進む。おしゃべり好きな双子につられてフィガロもしゃべる一方で、オズは黙ってグラスを傾けている。
「こうして四人で飲むのは久しぶりじゃが、楽しいのう」
「そなたら、もう少し誘いに乗ってくれたっていいんじゃよ?」
「はは、俺たちもいろいろ忙しいので、つい」
「たまには顔を見せにおいで。我らもそなたらのことを心配しているんじゃよ」
「わかっている」
 フィガロよりも早く返事をしたのはオズだった。目を丸くした三人の視線が集中するが、オズは目を伏せたまま酒をあおった。やがて時間となり飲み会はお開きとなった。外へ出ればフィガロが合流したときよりも雨脚は強くなっている。これからさらに強まるという。歩いて帰るのは難しいだろうと思っていると、スノウから封筒が渡される。
「付き合ってくれてありがとね、フィガロちゃん」
「これタクシー代。ふたりで仲良くね」
「いいんですか、おごってくれたのに」
「もちろんじゃよ」
「今度はいつものバーでしっとり飲もうね」
「考えておきます」
「そこは素直に乗ってほしいなー」
「それじゃあの、オズ、フィガロ。ちょくちょく顔を見せにおいで」
 タクシーが到着し、フィガロはオズの手を引いて乗り込む。スノウとホワイトはばいばーいと手を振って見送ってくれた。彼らの姿が見えなくなってきてからフィガロはオズへと声をかける。
「はあ、飲んだ飲んだ。高い酒も飲ませてもらって大満足。お前はどう? 楽しかった?」
「……悪くはなかった」
 最後まで酒を飲んでいたフィガロは今もふわふわと酔い心地であるが、オズは飲み会の後半では酒をほとんど飲んでいなかった。酔いもすっかりさめたころだろう。顔色ももとに戻っていたが表情は幾分かやわらかい。彼なりに楽しめたのだろう。
「俺に感謝するといいよ、オズ」
「なぜ」
「俺がいなかったら双子先生たちはオズを遠慮なく構い倒した。そりゃもう容赦なく。でも俺がいたおかげでかなり負担は減ったと思うよ。俺がいてよかったでしょ」
 そんなフィガロの言葉にオズは首を傾げてみせ、そっけなく窓の外へと視線を移した。さて、自宅に到着するまであとどれくらいだろうか。十分少々とみていいか。フィガロは封筒からタクシー代を取り出し、運賃とを見比べて気づく。フィガロの自宅までは足りるが、さらに遠くのオズの自宅まではだいぶ足りない。
「どうかしたのか」
「もらったタクシー代、俺の家まではあるんだけど、おまえの家の分までは足りなくてさ。よし、俺が出してやるから今度こそ感謝して」
「それくらいは自分で出す」
「そんなにありがとう言いたくないの?」
 かわいくないなーと軽口を叩いていれば、メッセージの通知音が鳴る。フィガロの携帯からだ。送信者はホワイト。我らからのメッセージはすぐにチェックすること! と叱られたのを思い出し、そのまま内容を確認する。今夜は楽しかったね、という言葉に続けてこう書かれていた。
『今夜はオズちゃんをひとりにしないであげてね。結構まいってたから。よろしくフィガロおにいちゃん』
「いやいや……」
 フィガロは携帯をしまう。いくらなんでもそこまで気をつかわなくとも。そう思うが脳裏にはオズと養い子の姿がかすめる。オズ様、と笑顔で駆け寄ってきた養い子を見つめるオズの横顔。まだ小さかった頃は彼をよく抱き上げていた。養い子の名を呼びかける声は、あのオズが、と周囲が驚くほどやわらかくやさしい声音だった。今その養い子は自宅にはおらず、オズは広い自宅にひとりきり。
「あー……俺って本当に身内びいき……」
「フィガロ?」
「なあオズ、今夜は俺のところに雨宿りしていけよ」
「は?」
 急な誘いにオズは目を丸くするが、すぐさま首を横に振る。
「いや、このまま帰る」
「まあまあ、たまにはゆっくり過ごそうじゃないか。どうせ帰っても一人だろ」
「何を……双子から何か言われたか」
「いや別に?」
 その通りだったが、最終的にはフィガロ自身がひとりにはできないと思った。オズの手を引いて再度誘えば、ため息とともに了解した、という答えが返ってきた。

 自宅に着くとどっと疲れが全身にのしかかってくる。飲み直そうかと思っていたがとてもそんな気分じゃなくなった。オズも同様らしい。床に腰を下ろしてうとうととしている。
「先にシャワー浴びてきな。寝るのはそれから」
 声をかけるとオズは素直に浴室へ向かった。彼が上がってからフィガロもさっと汗を流す。戻ればまたしてもオズはうとうととしていた。近くのテーブルの上にはドライヤーがおかれたままだった。
「おいおい、乾かしてからにしなよ」
 触れてみれば髪はかなり濡れている。タオルで水気を取ってやって、ドライヤーで乾かしてやる。かいがいしく世話をするフィガロにオズはされるがままだ。ついでに櫛をかけてやろうかとフィガロが立ち上がると、オズがぽつりとつぶやいた。
「……未だ」
 フィガロが振り返る。オズは目を伏せたまま続ける。
「未だ、呼びかけてしまうことがある」
 養い子の返事が返ってこないことに疑問に思い、その場に立ち上がってから思い出す。もうこの家には自分以外誰もいないのだと。
「それをひと月繰り返した」
 フィガロはオズのもとへ戻った。顔をよく見れば目の下には隈が色濃く残っている。何度となく意味のない、応えのない呼びかけを繰り返したのか。言いようのない寂しさをひとり鬱々と抱えていたのか。この男は。誰にも言わず、双子が尋ねてくるまで。フィガロは深々とため息をついた。
「お前、眠れてる?」
「必要ない」
「あるに決まってるだろ。睡眠不足だから鬱々とするんだよ」
 フィガロはオズの手を引いて立ち上がらせる。そのままベッドに向かってオズと共に横になる。驚き、逃れようとするオズを抱き寄せた。
「フィガロ」
「何もしないよ。寝るのが一番だし」
 抵抗する彼をなだめるように背中を叩いてやる。
「今日はゆっくりおやすみ」
 あくびをひとつこぼし、フィガロはそのまま眠りについた。

 目を覚ませばすでに朝。カーテンは開けられて部屋は明るい。オズに声をかけようとするが、ベッドにはフィガロひとりきりだ。隣で寝ていたはずのオズの姿が見当たらない。きょろきょろと周りを探せば、ベランダにつながる戸が開いていることに気づいた。そして長い髪を結わずにたたずむオズの姿を見つけた。安堵の息をつき、フィガロはそちらへと歩いていく。
「おはよう」
 声をかけられてオズが振り返る。起きたか、と返されてフィガロはうなずき、彼の隣に立つ。オズの顔色はかなりよくなっているように見えた。
「よく眠れた?」
「多少は」
「そう。雨、少しは小降りになったな」
「これなら帰れそうだ。……世話になった」
「もうしばらく雨宿りしていっていいよ。朝食食べてさ、ごろごろしたっていい。昼間になっても今日のところは許す」
 何が食べたい、という問いにオズは答えかけてから首を振った。
「いや、長くいすぎた。帰る」
「今さら気にすることじゃないだろ」
「だが」
「鈍いな」
 フィガロはそう言ってオズを抱き寄せる。目を丸くする彼の唇を軽くついばんでにっと笑ってみせる。
「もうしばらくいろって言ってるんだよ」
「……何のために」
「そりゃもう」
 再び顔を近づけてオズの唇を奪う。舌をねじ込み、散々に好き勝手に荒らしまわる。だんだんと抵抗する力もなくなっていくさまを楽しみ、腰を撫であげると足を踏みつけられた。それを合図に離してやれば肩で息をしながらオズはフィガロを睨みつける。潤んだ瞳はずいぶんとかわいらしい。
「こうやってお前を貪るために?」
「お前は……」
「だってお礼言ってもらってないし。それに弱ったお前を見てるとどうにも構いたくなるのさ、俺も」
「いたぶるな。いっそ放っておけ」
「冗談、冗談。やさしくするよ」
「……いつまでここにいればいい」
 お互い気が済むまで、と言ったら際限がなくなる。とりあえずのラインは決めなくては。
「まあ、この雨が止むまでってことで、どう?」

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