グレープフルーツジュース。
クランベリージュース。
そのふたつを容器に入れる。
さてここで、さらにウォッカを加えたのならば、シーブリーズと呼ばれるカクテルとなる。加えないのであれば、バージンブリーズと呼ばれるノンアルコールカクテルとなる。
入れるか入れないかはお好みでどうぞ。さわやかですっきりとした味わいに変わりはないだろう。
酩酊の心地よさを味わいたいのであれば、バージンブリーズでは少々物足りないのかもしれないが。
よく晴れた昼下がり。春も近づき、寒さも和らぎつつあるこの頃。海辺の公園には人は少なく、波の音が穏やかに響いている。潮風が優しく肌を撫でるこの場所に、タニノギムレットはいた。ベンチに座り、空を眺めていた。
視界の隅に、一機の飛行機が軌跡を描きながら飛んでいくのが見えた。彼女が乗っているそれはもう日本から遠く離れているとわかっていても、つい飛行機を目で追いかけてしまう。
今朝、彼女は、ウオッカは海外へ旅立った。
ジュニア期女王。
ティアラ路線から日本ダービーへの挑戦と制覇。
シニア期でのさらなる挑戦。特に府中での活躍はめざましいものがあった。
どの時期であっても、常に彼女は諦めずに走り続けた。そして今日からは海外へ拠点を移し、さらに彼女の挑戦は続く。
門出を祝し、昨夜ギムレットはウオッカにモクテルをふるまった。目を輝かせる彼女に不安の色はなかった。むしろ輝いていた。月が浮かんでいてもなお輝き、存在を示す星のようなきらめきに、ギムレットは安堵と一抹の寂しさをおぼえていた。
昨夜は安堵の方が重かったはずだったが、今朝には逆転してしまっていたらしい。似つかわしくない、強い衝動が、ギムレットを動かそうとしたのだ。
皆の前から去り行くウオッカの背中を見た瞬間、心の一部(ワタシ)は行くな、と声にならない叫びをあげた。そして胸には激痛が走り、目頭は熱くなった。すんでのところでとどまったが、危うく彼女を呼び止め、手を伸ばし、道をふさいでしまうところだった。
どうしたものか、この感覚は。ギムレットはため息をつく。今生の別れでもあるまいに。
……本当に?
(本当だ)
胸の内に生じた疑問をギムレットは瞬時に打ち消す。別離があれば邂逅があり、そして再会がある。ギムレットはもう知っている。
途切れた道が再び続くことも、違えた道が交わることも、ギムレットはもう知っている。宿命の相手との何度となく訪れた対峙が教えてくれた。
この世界は夢を再び描く場所だ。いつかどこかでまた会える。それが叶う。だから、不安に思うことも、嘆くこともない。
「……遠く隔てても、俺は、オマエの行く道を見守っている」
いかなる挑戦も笑わない。
いかなる困難があっても、オマエは自分を見失わないで走り続けられると信じている。
「そして……この世界でなら」
いつか共にターフを駆ける日が来る夢を、見ていられる。
ギムレットはそうつぶやいて腰を上げた。
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