リーニュ・ドロワット。通称ドロワと呼ばれるダンスパーティー。
「君にもぜひ見てもらいたいんだ、クリスエス。この学園の大事な行事、リーニュ・ドロワットを」
その言葉にシンボリクリスエスは静かに頷いた。
(ダンスパーティーと聞いていたが、これは……)
クリスエスの予想に反して、ドロワの会場は異様な熱気に包まれていた。皆の視線の先にはペアダンスをするウマ娘たち。
美しく着飾った彼女たちのダンスは華麗ではあるが、まとう空気はダンスパーティーに似つかわしいのかどうか。手を取り合ってふたりで踊っているのに、闘争心をぶつけ合っているかのようにも見える。まさかこの後喰らい合うのかと錯覚してしまうほどの激しさがそこにはあった。
「これは、一体――」
「ククク、この熱狂こそがリーニュ・ドロワット。戸惑いが隠せていないな、クリスエス」
そんな言葉と共にやってきたのはタニノギムレット。クリスエスのつぶやきを拾ったのは彼女だった。
「これが――ドロワ」
「そうだ」
そう言ってギムレットはクリスエスの隣に立つ。
「今宵限りの運命の相手と共に舞台に立ち、手を取り踊り、競い合う。熱を帯びた空気に観衆は酔いしれる。似ていると思わないか」
「似て、いる……?」
何に、だろう。ギムレットの言葉を反芻しながらクリスエスは周りを注視する。フロアで踊るウマ娘たちの熱。観客の興奮。びりびりと肌をさす緊張感。ただよう高揚感。その空気を自分は確かに感じたことがある。そう、今年、自分はようやくそれを知った。気がついたらしいクリスエスに、ギムレットは満足したらしい。再びうたいあげるかのように彼女は言葉を紡ぐ。
「そう。俺たちが駆けるターフでの空気に似ているだろう。この宴の熱気は、まさしくレースの際のそれに相違ない」
互いを意識し、競い合い、闘争心をぶつけ合い、喰らい合う。今宵、彼女たちは運命の相手とともにある。レース同様、二度とない特別な時間の中、互いを見つめ合っている。
「側から見ていても我々の心が躍るのはそういうわけだ。さてクリスエス、オマエはどうだ?」
「……?」
ギムレットの問いを受け、クリスエスは首を傾げる。どうだ、とは。
「今宵喰らい合う相手を選び、熱気に満ちたあの舞台に立つ。それもまた一興だろう。このまま観衆の一部として溶けてこの夜を終えるだけでは、物足りなくはないか?」
「――つまり、相手を誘い、参加してみろ、ということか。だが……」
喰らい合うような相手が自分にはいるだろうか。
クリスエスはデビューを果たしたこの一年を振り返った。他のウマ娘のように、レースで鎬を削り合った相手がいるわけではない。使命を果たすために、身体を完成させるため、日々トレーニングを重ねてきた一年だった。今の自分には喰らい合う相手はいない。
だが、今後立ちはだかるであろう、好敵手となりうる存在ならば、自分には。
「ギムレット」
クリスエスの手は目の前のウマ娘に向かって伸びていた。差し出された手に気づき、ギムレットは目を瞬かせた。ふたりの間に言葉はない。ややあってからギムレットはクククと笑みを漏らした。
「ほう、この俺の手を取らんとするか。今宵喰らい合うならばこのワタシだと、オマエはそう考えるか」
面白い、と言って、ギムレットは差し出された手を取った。
「ならば、この舞台を彩るのにふさわしい装いをしなくてはな」
装い。ドレスコードというものか。ドレスなどさすがに持っていないのだが。一瞬目を泳がせたクリスエスに気付いたのか、そんな心配は無用だとギムレットは言う。
「幸い、ドロワには当日用の衣装がある。まずはそこへ向かうとしよう」
ギムレットはクリスエスの手を引いて歩き出す。混み合う会場を足取り軽く、迷いなく彼女は歩いていく。流れている音楽が遠ざかっていく中、不意にギムレットが告げる。
「二分二十六秒」
「二分……?」
「二分二十六秒、だ。今宵、俺がオマエに付き合う時間だ」
唐突に告げられた時間は中途半端でずいぶんと短い。
「それでは、一曲にもならないと思うが」
「不服か? ならば、まばたきふたつほどの時間を足してやろう」
それでもまだ短いままだ。なぜ二分二十六秒とほんの少しの時間なのだろう。その疑問にギムレットは答える。ほんの少しだけ、瞳に寂しさをたたえて。
「我々の時間が重なり合うのはその時間だけ、ということだ」
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