こんな日が(アベ穹)

「黄金色のきらびやかな光には飽きただろ?」
 穹にそう言われて連れてこられたのは仙舟「羅浮」の繁華街。様々な人々が行き交い、屋台も並ぶにぎやかな宣夜通りをふたりで歩いていた。アベンチュリンが空を行く星槎を眺めていると、穹が喉乾かないか、と声をかけてきた。
「俺、そこで買ってくるよ。なんか好きなものがあるなら聞くけど」
「君のおすすめでいいよ。どんなものを選ぶのか、お手並み拝見といこう」
「そう言われると緊張するんだけど……」
 うーん、と悩んだ様子で穹が屋台へと向かっていく。アベンチュリンは腰かけられる場所を探してそちらへ移動し、道行く人々へ視線を移す。自分たちと変わらぬ姿に見える人々、長い耳を持つ人々、狐の耳を持った人々。ここも様々な種族がいるという。そのほとんどが長い時間を生きるとも。そんなことを考えていると急ぎ足で穹が戻って来る。飲み物だけでなく食べ物も買ったらしかった。いい匂いがこちらにまで漂ってくる。
「はい、お待たせ、熱浮羊乳。冷えないうちに飲んで」
 渡されたそれは思っていたよりも熱い。冷やしたらだめなのかい、と問えば、だめ、という回答が返ってくる。
「冷えると苦くなるんだよ、それ。あ、冷たい方がよかったか。それなら買って来るけど」
「いいや、これが君のおすすめなんだろう? それなら飲まないとね」
「味わって飲んでくれ」
 封を開けて口をつけると、想像していたよりも甘く、砂糖を入れているかのようだ。
「甘いね。これ、砂糖が入っているのかい?」
「入ってない。加熱すると甘くなるらしい」
「へえ、不思議だね。他でも売れそうだけどここ以外ではお目にかかれないのかな?」
「そうみたいだ。なんか、保存の仕方が難しいとかなんとか?」
「なるほどね。君のセンス、悪くないよ。合格をあげよう」
「それはどうも」
 そう言って穹も羊乳を飲み始めた。先に飲み終えたアベンチュリンはふと近くに咲いている花に視線を移した。水面をたゆたう薄紅色の花。確か蓮の花だったか。
「ほへひへいはほは」
「食べるかしゃべるかどちらかにしてほしいね」
 ピンク色のロールケーキをもぐもぐとほおばりながら言うので何も聞き取れない。自分も食べようかと思ったところで気づく。
「おや、僕の分のロールケーキは?」
「ああ、お前には蓮根餅買ってきた。とりあえず一口噛んでみてくれ」
 差し出されたそれを手に取り、アベンチュリンは何の気なしに蓮根餅を一口噛む、と。
「はははははは!」
 爽やかな笑い声が突如アベンチュリンの口の中から響いた。驚きのあまり慌てて餅を落としそうになるのをこらえる。何が起こっている。毒か、異物混入か。やられたか? しかし特に味に異変はなく、ただ笑い声だけが響いている。しばらくすると声は止んで、ようやく落ち着いてきたアベンチュリンが穹の方を見ると、何やら彼は楽しそうに笑っている。引っ掛かってくれたとばかりに。
「……マイフレンド、これはどういうことだい?」
「名物、鳴り蓮根で作った蓮根餅。鳴り蓮根は噛むとさっきみたいに爽やかに笑ってくれるんだ。あ、害はないぞ」
「それはよかったけどね、君、知ってるのなら一言言ってくれないか」
「仙舟ではまずは鳴り蓮根の初めての反応を楽しむのが流儀らしいから」
「君ねえ……」
「ごめんごめん」
 恨めしい目で見やるが穹はなおも楽しそうに笑うだけ。やっぱり憎たらしくて彼の頬をつついてもくすぐったそうに笑うだけだった。しまいにはアベンチュリンも諦めて口元をゆるめる。きらびやかな光のない世界でふたりして笑っている。
 平和。
 平和だ。
 こんな日が長く続けばいいと思ってしまうほどに。

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