思い出積み重ねて(アベ穹)

 くらうちちぐらさんは、「夕方のカフェ」で登場人物が「頭を撫でる」、「ビール」という単語を使ったお話を考えて下さい。

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 夕方に近づき、日も落ちかけている頃。人通りの少ない路地裏にひっそりと佇む一軒のカフェがあった。お客は現在常連のご婦人方二組ほど。のんびりとコーヒーを飲みながら語らっている。コーヒーの香りが漂い、ゆったりとした音楽が流れているカフェの中では、時間がゆっくりと流れていく感覚さえあった。
「平和だねえ」
「平和ですねえ」
 そんな中、店主も店員も比較的のんびりと過ごしていた。ふたりしてテーブルに座り、コーヒーを飲んでいた。新しく仕入れた苦さ控えめの豆を挽いて淹れたそれは、評判の通りのおいしさだった。華やかな匂いに、すっとキレよく消えていく苦み。なんて素晴らしい。たった一杯で味わえる幸せを噛み締め、ふたりはほうとため息をもらした。
 客から怒られそうなくらいのんびり過ごしているのだが、今いるのはおっとりとしたおばあちゃまたちだけ。誰も注意するような人はいないのである。
「今日も一段と平和だわあ……」
「そうですねえ……平和が一番ですよ。まあでも、ちょーっと刺激が欲しいときもありますねえ」
 店員は小皿に載せていたフルーツを摘んで口に放り込んだ。フルーツの酸味と淹れたコーヒーのさわやかさが合わさり、互いを引き立て合う。素晴らしい組み合わせだ、と店員はご満悦である。
「刺激、ねえ? 例えば何か事件が起きるとか?」
「いやいや事件が起きたら面倒じゃないですか。なんかこう……変わったお客さんが来るとか、超久々に若いお客さんが来るとか、そういう新たな風が吹いてほしいかなって思うんですよ」
「うーん、若いお客さんねえ、なかなか来ないでしょう、ここには」
 大々的な広告も出さず、ひっそりと経営しているカフェである。よく言えば古式ゆかしいカフェ、悪く言えば古くさいカフェ。なかなか若い客は訪れない。
「そうですよねえ。ま、言ってみただけですよ。そんなお客さんがきてくれたらいいかなー、なんて」
 そんな言葉を交わしているときだった。不意にからんからんと来客を告げる鐘が鳴り、店主と店員は立ち上がる。客の方を振り向いて、ふたりは固まってしまった。カフェを訪れたのはずいぶんと若いふたりのお客様だったから。
 ひとりはきょろきょろと物珍しそうに眺める銀髪の少年。もうひとりは帽子とサングラス、その他諸々さまざま飾りたてた金髪の青年。
 まぶしい。超まぶしい。
 店主と店員がぼうっと立っていると、青年はサングラスを外し、ウインクをしながら尋ねてきた。
「失礼、席は空いているかな?」
「アッ、ハイ、アイテイマス、コチラヘドウゾ」
 思わず片言になりながら店員は奥の方の席へと案内した。なんとか深呼吸をして落ち着き、店員は接客用の美しい笑みを浮かべて対応を始める。
「ええと、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「とりあえずビール!」
「マイフレンド、ここはバーじゃなくてカフェだよ。せめてコーヒーか紅茶じゃないかな。ここはコーヒーが有名だからそちらをおすすめするよ」
「そうか……コーヒー……」
 たしなめられてなのか、急にしょんぼりとした様子を見せる少年に、店員も青年も首を傾げた。コーヒーが苦手なのだろうか。
「コーヒーは……苦手なんだ」
「おや、意外だね。君はなんでも口にするタイプだと思っていたけれど」
 よしよしと青年は少年の頭をなぐさめるように撫でてやる。見れば少年の顔はしょんぼりというより恐怖やトラウマを思い出したかのように青ざめている。そんなに辛いものではないはずなのだけれど、と店主がますます疑問に思っていると、彼は深刻な顔で続ける。
「コーヒーは黒い泥、飲み続けると倒れるもの、食道が裂ける思いをする飲み物だから……」
「いやそんなことありませんよ!?」
 店員は思わず大声を上げてしまう。カフェ店員として、コーヒー愛好家として、それは聞き捨てならない。というかどんなコーヒーを飲んでそんな感想を抱いてしまったのか。気にはなるけれどそれよりも、コーヒーへの認識を改めたいという使命感にかられた。
「ちょーっと待っててくださいね! 今、至高の一杯を出しますから! 苦くない、おいしいコーヒーを提供させていただきます!」
「じゃあ僕の分も淹れてくれるかな」
「承知いたしました! マスター! 今日の至高の一杯をふたつ!」
「は、はーい……」
 店員の勢いに押されつつ、店主は準備を始める。店員も準備を手伝いに戻った。そんな店員の後ろ姿から、青年は、アベンチュリンは向かいに座る少年へと視線を移した。少年こと穹は、何やら気まずそうな顔をしてうつむいている。
「おや、どうしたんだい? そんな浮かない顔をして」
 自然な流れで穹の頬に触れようとしたが避けられる。相変わらずつれない。
「なんか……大変なことになったな……って」
「まあ、そうだね。ずいぶんとコーヒーに苦手意識があるようだけれど、何があったんだい?」
「姫子が淹れるコーヒーが苦いで済まされるものじゃなくて……それとコーヒーを飲み続けて倒れたことがあるんだ、俺」
「それは……よほどのことだね」
 ゴミを漁り、謎のドリンクを飲み、時に謎の薬を一気飲みし、茶という名の酒もぐいっと飲むなど、常人よりも相当な無茶の多い彼が恐れているコーヒー。倒れたこともあるもの。冗談なのかと思ったが、表情を見る限りかなり本気のようだ。よほどのものなのだろう。そこまでくると気になってくる。
「列車にお邪魔した際には、一杯いただこうかな」
「やめといた方がいい。何かあっても責任が取れないぞ。それにお前が無茶するの見てられないし」
「…………その言葉、そっくりそのままお返ししよう」
 無茶するの見ていられない。そんな言葉につい息を呑んだのは気づかれなかっただろうか。気づかれませんように。こほんとひとつ咳払いをし、アベンチュリンは続ける。
「そこまでの苦手意識があるなら、飲ませるのは気が引けてくるね。君の分も飲もうか?」
「うーん……店員さんかなり張り切ってたし、コーヒーへの偏見は取り払いたい気もするし、飲んでみようかとは思う」
「そうか。くれぐれも無茶はしないでくれよ?」
「お待たせしました! 至高の一杯……です!」
 そんな会話をしているうちに、店員がコーヒーを持ってやってきた。自信に満ち溢れ、やり切ったとばかりの顔である。
 穹は恐る恐るといったふうにカップを持ち、匂いをかいでいる。ミルクを淹れてもいいよ、とアベンチュリンが声をかけると、そこで一緒に運ばれてきたミルクに気づいたらしい。慎重な手つきでミルクを淹れて、もう一度匂いを嗅ぎ始めた。
「最初はブラックで飲んで欲しかったんですが……」
「無理に飲み方を強いるわけにもいかないからね。徐々に慣らしていくものだよ、こういうのは」
「なるほど、確かに……」
「まず警戒心を解く、信頼を積み重ねる、なかなか骨が折れるけれど、無理をせず、じっくりと時間をかけていくのが重要だ。僕も手を焼いているところだけれど」
「……コーヒーの話ですよね?」
「さあ、どうだろうね」
 そんな会話の中で穹はそっとひと口コーヒーを口に含んだ。瞬きを繰り返し、含んだそれを飲んでもうひと口。意外そうな顔をして穹はつぶやいた。
「あんまり……苦くない?」
「そうなんです! よくお気づきで! この豆は香り高くさわやかで、苦みはかなり抑えられているんです! むしろ甘いとさえ感じるんですよ!」
 店員は目を輝かせて語り出す。アベンチュリンはミルクを淹れずにコーヒーをひと口飲む。苦みはほとんど感じず、さわやかな味わいが舌に残る。確かにむしろ甘いかもしれない。すっきりとした飲み口に穹も驚いているようだ。
「これが……コーヒー……!」
「ふっふっふ、これも! コーヒーなのです! おわかりいただけました?」
「奥が深いんだな……!」
 そう言って穹はコーヒーをまた飲み始める。苦手だと言っていたときの表情が嘘のようだ。それを眺めながらアベンチュリンもコーヒーを飲んだ。やがてふたりともコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置いた。
「ごちそうさま。おいしかった!」
「ふっふっふ、その言葉が聞けて嬉しいです! あとはゆっくりお過ごしください。おかわりが必要であれば持ってきますので、お気軽にどうぞ!」
 そう言って店員は戻っていく。アベンチュリンが晴れやかな顔になった穹をじっと見つめていると、その視線に気づいたらしく、穹はきょとんと目を丸くしている。
「なんだ?」
「いい表情をしていると思って。写真を撮ってあげようか?」
「そんなにか……?」
「ああ。あれほど怯えていたのが嘘のようだよ」
 そう言ってアベンチュリンはカメラ機能を呼び出して、すかさず写真を撮る。突然シャッター音が響き、え、と戸惑う穹をよそに、アベンチュリンは撮った写真をアルバムに入れておく。
「撮るときはなんか言うものじゃないのか?」
「大丈夫だよ。そのままで」
「変じゃないだろうな。ちゃんとメッセージで俺にも送ってくれ」
「あとでね」
 ふふと笑みを浮かべながら、アベンチュリンは撮った写真を確認する。警戒も硬さも飾りもない穹の顔だ。出会った頃を思えばずいぶんと無防備な表情で、と思っていると、突如シャッター音が聞こえた。顔を上げれば穹もアベンチュリンを写真に撮ったらしかった。ふふん、と言いたげに不敵な表情を浮かべている。
「シャッターチャンスだったから。大丈夫、かっこよく撮れてるぞ」
「君ねえ……」
「これでおあいこだろ。よし、アルバムに入れとこ」
 そう言って笑ってみせる穹を、アベンチュリンはまぶしいものを見るかのように目を細めた。
 
 いつか別れが来るまでに。
 どれだけ君との思い出を積み重ねることができるだろう。

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