くらうちちぐらさんは、「夜の階段」で登場人物が「奪う」、「枕」という単語を使ったお話を考えて下さい。
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ひとりでもいいと思っていたのに、この心地よさに溺れていけそうで。
ちがうんだ、そうじゃないんだ。
ちがう、ちがう、と穹の口からは寝言がもれる。そして突如がばりと半身を起こして大声で叫んだ。
「ちがう、ゴミキングとはそういう関係じゃないから! ……うん?」
視界は薄暗く、先ほどまで見ていた煌びやかな街並みとゴミキングと、悲しそうな彼の姿は消えていた。なんだ夢か。妙な夢だった、と穹は深くため息をついた。
アベンチュリンと遊び倒したのは何度目になるだろうか。遊んで疲れ切ったのちに入ったこのホテル。ふたりで同じ部屋かつ同じベッドで寝ることにも慣れて、アベンチュリンが風呂から上がる前に穹は寝落ちしたのであった。
派手に寝言を言ってしまったな、起こしちゃったかな、と隣を見やって、穹は瞬きをした。あるのは枕だけ。隣で寝ているはずの男はそこにはいなかった。
部屋中を探してみても見つからず、鍵を手にして廊下を出る。買い物にでも行ったのか、そのまま帰ったのか。荷物はあったので後者の線は消しておく。とりあえず階段の方へ行ってみるかと穹は歩き出す。
なぜいなくなったのだろうと考えているうちに、ある可能性に行き着く。
「もしかして俺、なんかやっちゃったのか……?」
アベンチュリンは予想していた以上に心の広い男であった。わりと付き合いもよく、多少のやんちゃも見逃してくれることもあった。だからと甘えていた部分もなくはない。そうしているうちに彼をを傷つけてしまっていたのだろうか。だとするならば謝らなければならない。まずは確認だ。彼を見つけて聞かなくては。
階段に通じる方へと曲がると、そこに探し人はいた。
「アベンチュリン!」
声をかけると彼は振り返り、ひらひらと手を振ってみせた。それを目にして穹は彼の方へと駆けて行く。階段の前でアベンチュリンは穏やかな表情で彼を待っている。
「おはよう、マイフレンド。とは言っても、朝にはまだ早いけれどね。どうしたんだい?」
「いや、それは俺のセリフ……」
「君の?」
「だってお前がいないから……」
「寂しかった?」
穹の言葉に目を瞬かせ、アベンチュリンはからかうように言うので、穹はからかうなとばかりに彼を睨みつけた。
「心配したんだよ! あと、俺がなんかやったかもしれないとかって思って……」
「君が? ……君は何もしていないよ。ここにいたのは眠れなくなって気分を変えようと思ってのことさ」
「そうなのか……それはよかった……のか?」
そう言って首を傾げる穹からアベンチュリンは視線を階段へと移す。長い階段だ。ここからは最後の段が見えなくなるくらい。
「星核くん。ここから階段の下に向かって、ジャンプしたらどうなると思う?」
「え?」
「立ち上がれるかな? 怪我をするかな? どう思う?」
「……やる気か?」
「やってみせようか? 死にはしないと思うけれど」
「やるなよ。まさかそんなこと考えてずっと階段の前にいたとか?」
「どうだろうね」
「馬鹿なこと考えてないで、戻るぞ」
そう言って穹はアベンチュリンの手をつかもうとするが、アベンチュリンがそれを許さない。穹から逃れるように手を自分の胸元へと持っていく。
「アベンチュリン?」
彼は笑っている。口元だけ笑みをのせて。その瞳は笑っていない。感情を読み取ろうと覗き込もうとすれば目を閉じてしまう。そして彼の身体は階段の方へと傾ぐ。それを見て穹は悲鳴じみた声をあげた。
「アベンチュリン!」
「……なんてね」
彼の身体は動きを止めた。単に状態を反らして、戻しただけ。驚いたかい、なんて、何事もなかったかのように聞いてくる。返事のない穹の顔を覗き込み、頬に触れようとアベンチュリンの手が近づく。それをすかさず掴み、そのまま穹はアベンチュリンの手を引いて、彼を階段から遠ざける。
「……怒っているかい?」
「……怒られたいなら怒るけど」
「怒られたくはないかな……」
「部屋に戻るぞ」
そう言ってそのまま部屋に連れて行こうとするが、アベンチュリンは動いてくれない。いくら引っぱっても動いてくれない。
「戻るって言ってるだろ」
「戻りたく、ないかな」
「どうしたんだよ……」
振り返ればアベンチュリンは笑っていなかった。口元にも目元にも笑みはない。開かれた瞳は揺れている。感情を読み取ろうと覗き込むが、拒むようにアベンチュリンは一歩後ろに下がり、さらに視線をそらす。いい加減焦れた穹は手を離し、代わりにアベンチュリンの顔を掴んで強引に視線を合わせた。さすがの彼も目を丸くし、困惑をあらわにしている。
「言いたいことがあるなら言ってくれ! 黙っててもわからない!」
そう言って、穹はアベンチュリンから手を離す。そして彼から顔を背けてつぶやく。
「……一緒にいたくないっていうなら、はっきり言ってくれ」
その瞬間、弾かれたようにアベンチュリンの手が伸びた。けれど穹に触れる前に止まる。伸びた手は震えたまま、そこから先の距離は縮まらない。彼の瞳からは恐れ、怯えが見てとれる。
だからなんだ。
つまり、一緒にいてもいいんだろう?
そばにいたいんだろう?
「……それなら、ここまで来て、止まるなよ」
一緒にいたいというのなら。
ただ、これ以上はこちらからは踏み出せないから、どうかそちらから踏み出してくれと、こいねがうのなら。
最終決定権を委ねるというのなら。
穹は手を伸ばす。指を絡めて、目を丸くするアベンチュリンに一歩踏み出して、彼の瞳に浮かぶ感情を見まいと目を閉じて。
やがてふたりの距離はゼロになった。
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