色のない世界にホットココア(アベ穹※現パロ)

 晩秋の朝、どこかでは初雪を観測された頃。
(今日は薄ぼんやりとした天気だ)
 そんなことを思いながら、アベンチュリンは駅前通りを歩いていた。日がのぼって数時間経つも、雲に遮られて日差しは地上に届かず肌寒い。街路樹の葉はすっかり枯れ落ち、鋭く吹く風が次々とさらっていく。道行く人々は比較的落ち着いた色合いの服をまとっており、街の色彩は夏に比べると華やぎが足りないように感じられた。秋は意外にも色鮮やかな季節だと思っていたが、冬に近づき、葉が色を失ってしまった途端に色のない季節になるのだと知った。
 びゅうと冷たい風が吹き、アベンチュリンは顔をしかめた。
(それにしても今朝は寒いな……駅前の店でコーヒーでも飲もうか……)
 日替わりのブラックコーヒーのホットを飲めば、目も覚めて体も温まるだろう。決まりだ。それにこの時間なら。
(彼に会えるかもしれない)
 今朝は寒いからか、それとも時間帯のせいか、店はそこそこに混んでいた。とはいえ注文のためにレジに並ぶ客はおらず、すぐに注文することができた。
「お、アベンチュリン。おはよ」
「おはよう穹くん。朝早くからお疲れ様」
 馴染みの店員と挨拶を交わす。穹という名のこの店員はアベンチュリンが来店すると、こうして親しげに声をかけてくれる。
「朝早いのはお前もだろ、お疲れ様……っと、長話ダメだった。ご注文どうぞ」
「今日のおすすめは?」
「んー、ホットココアがいいんじゃないか? 温まるしな!」
「じゃあココアにしようかな」
「オッケー、ココアだな。ちょっと待っててくれ」
 そう言われてから、そういえば通りを歩いていたときはコーヒーにするつもりだったな、とアベンチュリンは思い出す。ついココアにしてしまったが、それほど変わらないだろう、多分。そんなことを考えているうちに、やがて店内カップに注がれたホットココアが提供された。
「今日は冷えるからな、身体あっためてお気をつけて〜」
 そう言って穹はウインクをしてみせた。そんな対応を受け、飲む前から身体のあちこちがぽっと温かくなるような気がした。
(まあ、彼は誰に対してもこういう接客をするのだろうけど)
 そう思った瞬間、上がった熱はすっとおさまる。ふっと息を吐き、ココアを受け取ってアベンチュリンは空いている席へと歩いていった。

 脳内業務日誌。
 今日もアベンチュリンはかっこいい。
 ほうとため息をつきつつ、穹は後ろに控えていた先輩の方を向いた。
「先輩、さっきの人に新作のチーズケーキをごちそうしてきたいんですけど」
「だめです」
「俺の給料からチーズケーキ代引いていいので!」
「だめです」
「そこをなんとか!」
「穹くん、ほんとあの人のこと好きだよね」
「はい!」
「でもだめなものはだめです」
「くっ!」
 これまで色のない世界に生きていた穹が、初恋というものを実感したのは半年前。馴染みの客のアベンチュリンに出会ったときのこと。バイトで大きな失敗をした穹を、たまたま助けてくれたのが彼だった。彼にとっては何気ない言葉だったのかもしれない。だが穹にとっては暗闇の中に差した光。彼は恋を知った。べたな表現だが、その瞬間から色鮮やかな世界が目の前に広がり始めたのだ。そこから穹は変わったと先輩は言う。穹自身もそう思っている。
「うう……好きだ……」
「わかったわかった。でもああいう男は誰に対してもスマートで優しいって。君だけが特別ってわけじゃないと思うよ。そう思っておかないと辛くなるよ」
「そう、なんです、けど……」
 彼なら誰に対しても手を差し伸べるだろう。そうするだろう。そう思うと穹の胸は痛む。自分は多くのうちのひとり。たったひとりなんかじゃない。そんなことは知っていると思うほどに、ズキズキと刺されて痛む。けれどそれ以上に好きだという気持ちがあふれて痛みを覆い隠す。穹の琥珀の瞳はきらりと輝き出す。
「やっぱり好きだ! チーズケーキおまけするしかない!」
「だめです、そろそろ諦めて……ん?」
 そんな言葉を交わしながら先輩店員はアベンチュリンの方に視線をやると、彼もこちらを見ていた。甘い甘いココアを飲んでいるだろうに、苦い表情で、つまらなそうに。先輩店員と目が合うとすぐさま視線が外れてしまったが。
「あれ……」
 もしかして。
 いやまさか。
 つまらなそうな表情のアベンチュリン。
 好きだと唸る穹。
 先輩店員だけがふたりの可能性を知っている。

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