ノーカウント(アベ穹※現パロ)

 ある夜、アパートの一室にて。
「どうしよう……最高傑作のオムライスができた……!」
 まるでお店のオムライスでは!? と言いながら、穹はスマホで何枚も写真を撮る。焦げはなく、一面鮮やかな黄色、きらきら輝いて見えるそれにすっかり上機嫌になる。二人分の夕食が並ぶテーブルはしばし撮影会場と化した。
 アベンチュリンが見たら驚くだろうな、と穹はスマホをしまってから気づく。そういえば同居人である彼は今夜は飲み会だった。
 久しぶりの会社の飲み会ということで参加することになり、立場上二次会以降も参加ということで帰りは遅くなるらしい。そう伝えられていた。
「見て欲しかったんだけどなあ……まあ、明日の朝食に回すか」
 穹はアベンチュリンの分のオムライスにラップをかけてから椅子に座る。いただきます、と手を合わせて、スプーンでオムライスを食べ始めた。やはりケチャップライスと卵の相性は最高だ。子どもっぽいと言われても構わない。事実おいしいのだから。オムライス、いくつになっても特別感のある一品である。
 けれど今日はいつもより静かな夕食だ。
『君の作る料理は最高だよ、マイフレンド!』
 そう言ってくれる人は今夜はいない。
(すっかり慣れたんだな、誰かと一緒に食べる夕食。前はそうじゃなかったのに……)
 仕方ないことだけどな、と言い聞かせていると、穹のスマホの通知音がなる。メッセージが届いた音である。何だろうと画面を確認すればアベンチュリンだ。まさかもう帰ってくるのか、とアプリを開くと。
『楽しんでるよイエーイ』
 そんなご機嫌なメッセージとともに。
 三、四人の男女にくっつかれながら、ご機嫌なアベンチュリンが真ん中でピースをしている写真が送られてきていた。
「イエーイ、じゃないんだけど?」
 穹は返信もせずスマホをしまった。ずいぶんと楽しそうだな、とふくれっつらになりながら、穹はスプーンで卵を崩していく。ぐちゃぐちゃになったオムライスにため息をついていると、今度は着信。アベンチュリンからである。
「ほんっとにご機嫌だな!」
 穹は鳴り止みそうもない電話を取って、不機嫌な声で対応を始める。
「もしもし」
『こんばんはマイフレンド、いい夜だね』
 電話に出た相手はアベンチュリンだった。いつもより声がだいぶふわふわとしている気がする。
『君の声が聞きたくてつい電話したよ。君の声は落ち着くから』
 電話越しの彼はいつもと違ってふにゃふにゃに笑っているのだろう。
「ずいぶんと酔っ払ってるな、アベンチュリン。切るぞ」
『待って、これだけは言わせてほしい』
「早く言ってくれ。こっちだってそんなに暇じゃない。何だ?」
『僕は』
『今夜帰りませーん!』
「え?」
 突如聞こえてきたのは女性の声だ。
『先輩は私とずーっと飲む予定なのでっ! おやすみなさーい!』
「……え?」
 そして電話はあちらから切られた。電話の音声が切れたスマホを見つめながら、先ほど聞いた言葉を反芻する。
『今夜帰りませーん!』
『先輩は私とずーっと飲む予定なのでっ! おやすみなさーい!』
 反芻し終えて穹は声をあげた。
「……は?」

 数時間後、タクシーが繁華街を抜けて住宅街へと入っていく。車内には運転手と男性がふたり。アベンチュリンとその後輩である。
「先輩、そろそろ着くっすよー」
「あと何分か正確に言ってくれるかい」
「うっわ愛想悪ぅ……ってか顔怖っ! なんでそんな機嫌悪いんすか! 俺なんかしましたっけ!?」
「君が好意を寄せている女性が電話中の僕のスマホを奪って勝手に今夜帰らない宣言したんだ。これも君がきちんと繋ぎとめておかないから」
「だって酔っ払った彼女、制御効かなかったし……まさか先輩を狙ってるとは思わなかったし……」
 お騒がせな女性はあの後限界を迎えてぐっすり寝入ってしまい、会の終了後に同僚たちに抱えられながら速やかにタクシーに乗った。誤解を招く電話をされ、すっかり酔いがさめたアベンチュリンも、二次会に行く気にならず、後輩を連れてタクシーで帰路についている。途中何回か穹に電話をしてみたが電源を切っているらしく、全く繋がらなかった。
「ハァ……僕の恋人が誤解していたらどうするんだい? 早く誤解を解かないと……」
「……恋人でしたっけ? 同居人っすよね?」
「……大差はないよ」
「大アリっすよ! てかなんで急に同居人さんに電話を? 飲み会で遅くなるって謝るためっすか?」
「告白しようと思って。酔った勢いなら言えるはずだから」
「飲み会の途中で告白しないで!? てか酔っ払った状態での告白なんて普通にノーカウントっすよ」
「はーい、お話の途中すみません。アパートに着きましたよー」
 気がつけばアパートの前に到着していた。後輩の分の料金も渡して、アベンチュリンはタクシーを降り、アパートの階段を駆け上がる。そして鍵を出そうとカバンに手を突っ込むがなかなか出てこない。ようやく取り出してドアを開けると、リビングの灯りがついているのが見えた。鍵を閉めて戸を開けると、穹がテーブルに突っ伏していた。ぷんと漂うのは酒の匂い。安いワインの匂いだった。見ればテーブルの上には、ラップがかけられているオムライスと半分以上飲まれたワインの容器が置かれていた。近くには食べ終えた後の皿とグラスもある。
「……穹、ただいま」
 ぽんぽんと同居人の背中を叩いてやると、だるそうに穹が顔を上げてアベンチュリンの方へと向いた。その頬はすっかり赤くなっており、吐く息には酒の匂いが含まれている。普段穹は酔いやすいからと酒を飲まない。そんな彼がここまで飲むのは珍しい。
「どうしたんだい、こんなにワインを飲んで……」
 そう声をかけた瞬間、突然穹は立ち上がった。彼の据わった目を見てアベンチュリンは悟った。
(あ、これ怒ってるな?)
 謝罪と弁解の言葉を口にしようとした直後、穹が勢いよく椅子から腰を上げ、アベンチュリンに抱きついてきた。飛びかかったといってもいいくらいの動きに、アベンチュリンは驚いて穹ともども床に尻餅をついた。抱きついたまま穹はすんすんとアベンチュリンの匂いを嗅いでつぶやく。
「酒臭い」
「ごめん……」
「香水の匂い……お前のと、お前のじゃないの、まじってて嫌」
「ごめん……」
「今夜は帰ってこないんじゃなかったのか。女の人とずっと飲むんじゃなかったのか」
「あれは勝手に言われただけ。何もないよ、なかったよ」
「そう……」
 穹は顔を上げてアベンチュリンをじっと見つめ始めた。何か言いたげな視線に気づき、アベンチュリンが首を傾げていると、穹が目を閉じる。そしてアベンチュリンの唇に自分のそれを重ねた。ちゅ、という音がしたかと思えばその感触はすぐに離れていく。目を丸くするアベンチュリンに満足したのか、穹はへらりと笑った。
「……すき」
 それだけつぶやいて、穹は再びアベンチュリンに抱きつく。胸に頬を擦り寄せたかと思えば、ちゅうと服の上から肌を吸おうとする。そんな悪戯をたしなめるように額に口づけ、アベンチュリンからも穹を抱きしめてやる。
「僕も好きだよ」
 その言葉を聞いて穹は目を瞬かせた後、嬉しそうに笑って、またアベンチュリンに口づけた。

 翌朝のアパートにて。
 何やらそわそわした様子のアベンチュリンをよそに、穹は朝食を作っていた。会心の出来のオムレツを皿に盛りつけながら、穹はふと思い出したように尋ねた。
「ところで昨日はいつ帰ってきたんだ?」
「え」
「え?」
「何も、覚えていないのかい?」
「うーん、なんか腹立ってワイン飲んだところまでは覚えてるんだけど、あとは何も……。なんか気づいたら朝で、ベッドで、お前が隣にいて、え、何? 何様? みたいな感じ」
 昨夜のことを何も覚えていないらしい穹に愕然とするアベンチュリンは、後輩の言葉を思い出した。
『酔っ払った状態での告白なんて普通にノーカウントっすよ』
「……本当に、その通りみたいだ」
 深々とため息をついたアベンチュリンに、穹は怪訝そうな視線を向ける。
「どうしたんだ?」
「いや何も……」
 テーブルに突っ伏したアベンチュリンに穹はますます怪訝そうな表情である。
 ふたりが同居人から恋人になるのはまだまだ先のようだ。

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