欲に際限はないという。
ある夜のこと。恋人同士のふたりが共に過ごし、身体を重ねて、共に果てた後のこと。穹はぐったりとベッドに横たわっていた。そんな彼を労わるように、アベンチュリンは何度も口づけを落としていた。
好きだなあと、改めて穹は思いながら、ふうふうと息を整えていた。
「今、何を考えてる?」
不意にそんな問いをアベンチュリンが投げかけてくる。何を考えてる、なんて、そんなの決まっている。穹はアベンチュリンを引き寄せて唇に口づけて告げる。
「おまえのこと、やっぱりすきだなって」
そんな言葉にアベンチュリンは目を瞬かせてから、穹を抱き寄せた。ぼくもすきだよ、と耳元で聞こえたのは気のせいではないだろう。ふふふとお互い笑い合い、再び口づけを交わす。
好き。
気持ちがいい。
幸せ。
何もかも満たされている。
この腕の中にすべてがある。
……本当に?
まだ得ていない快楽が実はあるのではないだろうか?
訪れつつある微睡の中で穹は思う。この少年は欲深く、好奇心も人より旺盛だ。恋人から与えられた快楽をさらに欲しがって、何かとアベンチュリンを困らせている。困らせたいわけではない。ただ自分の欲を満たし、生じた疑問を解消したいだけなのだが、それはそれで困りものである。口づけを終えた穹は甘えるような声音で言う。
「……思うんだけど」
「うん?」
「……ここで、おまえと、一緒に」
穹は自身の腹を撫でながら首を傾げた。
「ここの、一番奥で、一緒に果てたら、もっともっと気持ちいいんじゃないか?」
それは疑問ではなく提案、いや、要求であった。
「……それは」
難しい顔をした恋人の手を取り、穹は腹を撫でさせた。彼の手の感触が刺激になり、背中がぞくぞくとした。悩ましげにため息をつく穹の腹から手を離し、アベンチュリンはなだめるように穹の頭を撫でた。
「……お勧めはしないかな。お腹を壊すよ」
「壊したっていいんだけど……」
「よくないよ」
「ひどくされたっていい」
「僕はひどくしたくないな」
「俺のこの腹は何も産まないのに、そんなに大切にされてもな……」
「うん……?」
不穏な物言いにアベンチュリンの表情が険しくなる。それを知ってか知らずか、穹は独り言のようにつぶやいていく。
「俺は何も産まない。お前に残せない。何もあげられない」
「誰かに何か言われた?」
「いや、ずっと思ってたこと。この関係の先を考えてみたら、何もないなって。俺は、お前の何にもなれないって、思って」
「君は僕の恋人だろう。僕の恋人は君にしかなれないよ」
「この関係がずっと続くなら……そうなんだろうけど……繋ぎとめる何かを産めない俺に、何ができるかなって」
「繋ぎとめる何か……ね」
「アベンチュリン?」
恋人の声のトーンが落ちていることに気づき、穹は首を傾げてみせた。そんな彼にアベンチュリンが向けたのは硬い表情と冷え冷えとした視線だった。それを目にして穹は血の気が引いた気がした。アベンチュリンの手が穹の腹を撫でた。ゆっくりと、牙を立てる場所を探るかのような手つきに穹は震えた。
「試しに孕んでみるかい?」
「え……そんなの、無理だろ」
「どうだろうね。わからずやで世間知らずな君に教えてあげようか」
この世界でその胎を満たせばどうなるか。孕まないと思っているのは君だけかもしれないね。
美しい瞳は獰猛な獣の瞳に変わる。それを見た穹の背中をぞくりとした感覚が襲う。胎が疼く。喉が鳴る。
このまま、もしかしたら、本当に。
息を呑み、身体を硬くした穹をアベンチュリンはしばし見つめていたが、やがてふっと表情を緩めた。
「なんてね。驚いたかい?」
「え?」
腹から手を離し、にこりと笑ってみせるアベンチュリンに穹は目を瞬かせた。
「冗談だよ」
「冗談……」
「怖がらせてごめんね。でも懲りたんじゃないかい? 今後はそんなことを言わないでほしいな」
「えっと……」
「約束」
「う、うん……?」
「いい子だね」
よしよしとアベンチュリンが穹の頭を撫でる。穹は戸惑いながら受け入れていたが、やがて不満げな表情になる。それに気づきつつも、気づかないふりをしてアベンチュリンはいい子いい子と頭を撫で続けた。
欲に際限はない。
共に最奥で果てて疼く胎を満たしてという気持ちは止まず、結局穹はいい子になれないのだ。
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