黄金の刻とはよく言ったものだ。きらびやかな光に満ちた夢境には、今もなお多くの人々が思い思いの時間を過ごしている。流れてくる陽気な音楽や笑い声を聞き流しながら、アベンチュリンは通話をしていた。相手は十の石心のひとり、ジェイドである。
『それで、久々の夢境はどうかしら。きらびやかな光の下で、各々の欲望を満たす刻。その後も大きく変わりはないとは聞くけれど』
「見た限りは変わらないね」
アベンチュリンはぐるりと周囲を見渡す。夢境で過ごす人々の表情は変わらない。皆それぞれに楽しく、虚しく悲しく、必死で、生き生きとしている。
大きく変わることはないな、と返した直後に、アベンチュリンは灰色の髪の彼の姿を見つけた。星核を抱く開拓者は今日も元気そうだ。ゴミ箱の肩を抱くかの如く寄り添い、何やら独り言をこぼしているらしかった。
(まったく、君というひとは……)
彼は何かとゴミ箱と共にいる。ゴミ箱の何が彼の琴線に触れているのだろう。不思議でもあり、おかしくもあり、つい笑みをこぼしてしまった。
『あら……何かあったのかしら? あなたが笑ったのが聞こえてきたわ』
「おっと、聞かれてしまったな」
『当ててみましょうか。あなたの視線の先に何があったのか』
「ずいぶんと自信があるようだね」
『ええ。近頃、あなたの口からよく聞くもの。……星核を持つ彼を見つけたのでしょう?』
ぴたりと言い当てられて、アベンチュリンは押し黙る。そんなにも彼のことを口にしていただろうか。振り返ってはみるが心当たりはない。
『沈黙は肯定と捉えるわ。そういえば、星核の彼のことで、気になっていることがあるの』
「気になっていること?」
『そう。彼は星核で構成された生命体。けれど確かに知性を持ち、感情を抱くもの』
そんな彼が誰かを愛して、恋に胸を焦がす。
そういったことはあり得るのかしら?
「それは、あり得ないんじゃないかな」
『即答ね』
アベンチュリンの返答にジェイドは笑う。あまりにも早すぎるのではないかと咎められた気がするが、そうとしか思えないのだから仕方がない。
愛の形は様々だ。仲間や友人、家族に似た誰かへの親愛もまた愛。そういった感情は彼も持ち合わせている。けれど恋をして誰かを思って胸を焦がすかと言われると、それはない、と答えるほかない。彼は目覚めてまもない、幼い子どものようなひとだから。
『幼い子どものようなひとだから……彼のことはあなたの方がよく知っている。他ならぬあなたが言うのなら、きっとそうでしょうね』
「含みのある言い方だ」
『察するのが早いこと。成熟した大人より、幼い子どもほどまっすぐで激しい感情を抱えることもある。覚えはないかしら?』
「……どうだったかな」
『ふふ……さて世間話はこれまで。ほんのわずかな時間だけれど、久々の夢境での休暇を楽しんでちょうだい。何かあったらまた連絡をして』
ジェイドからの通話を切り、アベンチュリンは開拓者、穹がいる方へと歩いていく。穹はわかるわかる、辛いよなあ、とゴミ箱と語らいを続けていたが、近づいてきたアベンチュリンと目が合うと、彼は手を振ってくれる。琥珀の瞳がきらりと輝いたように見えたのは気のせいだろうか。
「アベンチュリン。ピノコニーに来てたのか」
「久々の休暇でね。穹くんも来ていたのは驚いたけれど。ここには依頼か何かかい?」
「そうだ。このゴミ箱と……ゴミオと恋愛について語り合っていたところだ」
「……なるほど?」
さすがのアベンチュリンも状況をすぐには飲み込めない。整理しよう。穹は依頼でここに来た、ゴミ箱の名前はゴミオ、彼とは恋愛について語り合っていた。以上。
いや、以上ではない。
彼から似つかわしくない言葉が出てきたことにアベンチュリンは動揺する。
「恋愛……?」
「そうそう。ゴミオはゴミエットに恋をしてるんだって。誰かを好きだってときの楽しさとか浮かれたくなる気持ちとか、たまに来る沈む気持ちとか、そういうのわかるわーって話をしていて」
「わかる……? 穹くんも……?」
「もちろん! なぜなら数多の世界を駆ける美少女、銀河打者は!」
琥珀の瞳はアベンチュリンをとらえてきらりと輝く。
「お前に、アベンチュリンに恋をしている真っ最中だから!」
「……え」
一瞬周囲の音が消えた。ややあってからどくどくと心臓が動き出した感覚があった。まるで止まっていたのが再び動き出したかのように激しく脈を打つ。頬も耳も首筋も、ああ、全身が熱い。何かを言おうと口を動かすが、形にならずに消えていく。
「僕は……」
「おっと! 答えはわかってる。ノーだってことはわかりすぎるくらいわかる、前振りなかったしな! だからこれは宣戦布告ってやつだ」
お前を振り向かせたいんだ、と穹は言う。
「というわけで、この完全無欠の美少女銀河打者は、明日からお前にアタックしていく予定! じゃ! よろしく! 行くぞゴミオ! お前もゴミエットにアタックだ!」
一方的にまくしたてたのち、ゴミ箱を抱えて穹は走り去っていく。残されたアベンチュリンの鼓動は穏やかになりつつあり、熱は徐々に引いてきているが、胸だけはまだ熱いままだ。
彼は恋に胸を焦がすか?
「……どうだろう」
焚きつけてきた穹がこちらに向ける感情は、恋というにはあまりにもまっすぐで無邪気だった。そんな彼が恋に悩み苦しむ姿は、今は想像しがたい。けれどもし近い将来、彼が恋に胸を焦がすなら。
(その相手は……僕がいい)
この胸に火をつけた責任は重いのだから。
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