「ずいぶんと眠そうだね。気が紛れる紅茶があるんだけど、どう?」
眠い目をこすっていると、オーエンの方からお茶会に誘ってきた。さらに手ずから紅茶を淹れるとまで言ってきた。にこにこと上機嫌な彼を見て、珍しいこともあるものだとミスラは思った。
こんなとき、彼は大抵何かを企んでいることが多い。だがそれを指摘するのも面倒だ。こちらの指摘を受けて機嫌を悪くすることもよくあること。そんな彼をなだめるのはそこそこに気をつかう。ならば彼の思惑に流された方が楽だろう。
「いただきます。……味がしませんね」
「それはただのお湯だよ」
「お湯のままでもいいんですけど」
「意味がないんだよ」
「はあ……どれだけ待てばいいんですか」
「始めたばかりなんだから、もう少しくらい待ちなよ」
オーエンに言われて素直に待っているうちに、徐々に眠気がやってきて、決して深く眠ることはできないと知りつつも、まぶたは重くなってくる。
「聞いた話だと、この茶葉は面白い仕掛けがあるらしいよ」
オーエンが何かを言っているが、内容はまるで頭に入ってこない。
「その仕掛けを試してみたいんだけど、付き合ってくれない?」
何かを誘われている気がする。いったい何に。よくわからないままにミスラはうなずいてみせた。
「それはよかった。退屈しないですみそう。はい、じゃあ目を開けて。準備ができたよ」
その言葉を聞いてミスラは目を開けた。目の前には紅茶が入ったカップが置かれていた。色はいつもより赤みがかなり強い。いただきますと一言入れてから紅茶に口をつけた。
「どう?」
「どうって……。いつもとあまり変わらない、ですけど」
眠気がひどいからか彼の姿がぼんやりと、輪郭が曖昧に見えはじめる。紅茶をひとくち、またひとくち飲むごとに、視界全体がぼやけて、彼と周りの景色の境界がわからなくなってくる。
オーエンは眠り薬か何かを入れたのだろうか。だが視界がぼんやりとしてくるのとは反対に、意識はかえってはっきりしてくる。いったいこの感覚はなんだろう。もやもやとしたまま紅茶を飲み干すと、視界は突然はっきりとしたものに戻った。しかし。
「オーエン?」
目の前にいたはずの彼はいなくなっていた。
「オーエンを探してる? そりゃ何の冗談だ。ふざけてるなら……あっぶねえ! 急に攻撃してくんじゃねえ! ふざけてねえってのはわかったから、攻撃すんのはやめろ! はあ……オーエンの居場所? ……知らねえよ」
「オーエンを探しておるのか? ほっほっほ、灯台の下は暗いとは言うものだがのう」
「ミスラちゃん、いきなり攻撃するのはやめてね。こればっかりは無関係の我らにはどうすることもできぬからの」
近くにいた北の魔法使いに聞いてみたが、これといって有益な情報はなかった。共通して何かを知っているようなのだが、三人とも口を割らなかった。
いっそ魔法を使って解決しようかと思った矢先、こちらの方へ歩いてきた賢者を見つけた。
賢者様、と呼び止めると、賢者はミスラの方へ駆け寄ってきた。
「どうしたんですか?」
「オーエンを見ていませんか?」
「え? ええと、オーエン、ですか?」
「なんですか」
「いえ、なんでそんなことを聞くのかなって」
「なんでって、探しているからですよ」
「え、だって、オーエンは」
そこで急に賢者の言葉は途切れた。見れば顔はすっかり青ざめていた。賢者の視線はミスラの後ろに向けられていた。視線の先をたどってみるが、ミスラの視界には何も映らない。
そして賢者は突然ぶんぶんぶんと頭を横に振った後、こくこくこくと縦に激しく頭を振った。挙動不審な行動を見せる賢者にミスラは訝しんだ視線を向ける。
「急になんですか」
「あ、いえ、何も、ど、どこに行ったんでしょうね……?」
賢者は不自然に目を泳がせてとぼけてみせた。何かを知っているのは間違いない。眠気と情報を隠されているという苛立ちで、ミスラの気は非常に立っていた。
「オーエンの居場所を知っているんですよね」
「し、知らないです」
壁際に追い詰めながら問いただすが、それでも賢者は口を割らない。まさか賢者がここまで頑固になるとは思わなかった。そんな膠着状態のふたりのもとに割って入ってきたものがいる。スノウとホワイトであった。
「これ、ミスラ。賢者を脅してもどうにもならんぞ」
「さっきも言ったじゃろう。無関係の我らがどうすることもできぬと」
「じゃあ、どうしろっていうんです」
それはな、と、ひとことおいてからスノウはミスラに告げる。
「そなたがオーエンの名前を呼ぶのじゃ。ただ呼ぶだけでは足りぬぞ。しっかりと、思いを込めて、な」
その後もミスラはオーエンがいそうな場所、居場所を知っていそうな人物を当たってみたが、結局見つけることはできなかった。すっかり夜もふけてしまい、探すのを諦めてミスラは自室のベッドに寝転がっていた。
「オーエン、いったい、どこにいるんです」
そうつぶやいても答えはない。名前を呼べと言われたから何度も呼んだ。だが彼は見つからなかった。結局彼の姿を見つけられないまま、夜は明け方へと近づいていくのか。もやもやと、ぐちゃぐちゃとした気持ちを抱えながら、ミスラは目を閉じた。そして今一度彼の名前を呼ぶ。
「……オーエン」
「はあ……。やっと呼んだね、ミスラ」
その瞬間、探していた人物の声が降ってきた。目を開ければオーエンはベッドに腰掛けてミスラの顔を覗き込んでいた。
「意外と時間がかかったね」
早く素直になればよかったのに。そう言ってオーエンはミスラの頬を撫でる。しばらくされるがままになっていたが、撫でる手を掴んでミスラは問う。
「オーエン、今までどこにいたんですか」
「おまえのそばにいたよ。その目には見えなかっただろうけど」
「あの紅茶のせいですか」
「そう。あの紅茶に仕掛けがあった。その仕掛けを試そうって言った僕の誘いに、おまえが乗った」
誘いをかけ、相手がそれに応じれば仕掛けは始まりとなる。始まれば誘いに応じた者の目に、誘いかけた者の姿が映らなくなる。誘い誘われに関係のない人々には影響はなく、なぜ相手の姿が見えていないのかと疑問に思うこととなる。
そしてこの仕掛けを終わらせるには誘われた方が、誘いかけた相手の名前を呼ぶ必要がある。ただ呼ぶだけでは終わらない。
「寂しいという気持ちを込めて、恋焦がれるように相手の名前を呼ぶことなんだって。おかしいよね」
オーエンはわらう。
ねえミスラ、さっきおまえはそんな気持ちを込めて、僕の名前を呼んだんだよ。
「ねえ、そんなに寂しかった?」
楽しげに唇を歪めてオーエンはミスラに問う。
「そんなに僕を見つけたかった? 恋焦がれるくらいに?」
「そうですよ」
あっさりと肯定したミスラにオーエンは目を丸くした。そしてややあってから苦い表情を浮かべた。何かを言いかけるも、うまく形にならないらしく、オーエンは口を開けたり閉じたりと忙しなく見えた。
その隙に身体を起こしてミスラはオーエンを引き寄せた。いや、抱き寄せたというのがより正確か。ともかくふたりして勢いよくベッドへと沈み込んだ。
「ちょっと、ミスラ。離して」
「嫌ですよ。離したら、あなた、またどこかに行くでしょう」
探すのはもう疲れたんですよ。ミスラは大きなあくびをしながらそうこぼして、さらに付け足した。
「それにあなたは俺に寂しい思いをさせたんです。恋焦がれるくらいにさせたんです。その責任は取ってくださいね」
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