寝ているときに身体が痛いと思った。
朝起きて熱いと感じた。
体温計は三十七度。
病院の先生曰く。
「風邪ですね。熱が出て辛いですよね。でもしっかり休めば治ると思いますよ。お大事にどうぞ」
ようやく自宅にたどり着き、アベンチュリンは安堵の息をついた。熱のある身体で出かけるのは辛い。しかし病院に行かなくては治らない。こういうときに頼れる誰かがいてほしいと強く思った。
ふらつきながら着替えて、処方された薬を飲んで、よろよろとベッドに入る。ふうと吐いた息はいつもより熱い気がした。身じろぎすれば身体が熱い。布団の中も熱い。どこもかしこも熱い。それもアベンチュリン自体に熱があるからだ。解熱剤もいつ効くのだろう。早く楽になりたい。そう思いながらアベンチュリンは目を閉じた。
会社には休みの連絡を入れた。あとするべきことは、と考えて思い出す。今日の午後、確か約束があった。だるい身体を叱咤して動かして、スマホを手に取る。そしてメッセージアプリを開いて、友人である穹から送られてきたメッセージを確認する。病院に行っているうちに、彼から新着のメッセージが届いていたことに気付いた。
『午後そっちに行くけど、もしなんかあったら連絡してくれ』
こんな熱が出ている状態では会えない。事情を説明して今日は会わないことにしよう。けれどどう説明しようか。
熱が出ているから、と書いては心配して駆けつけてくるかもしれない。それは避けておきたい。
急に仕事が入った、と書いては嘘をつくことになってしまう。彼に嘘はつきたくはない。
うまく回らない頭で考える。どうすればいいのだろう。メッセージを見つめながら考えるけれどなかなか判断がつかない。そうこうしているうちに視界がゆがみ、スマホの輪郭がぼんやりと溶けていくように見えた。
どうしようかな。
心配はさせたくない。
嘘はつきたくない。
けれど、こんなときは。
答えが決まらぬままにアベンチュリンの瞳は閉じて、手からスマホがすべり落ちた。
次にアベンチュリンが目を覚ますと背中はびっしょりと汗をかいていた。額からも汗が伝い、気になって思わず袖で拭う。熱はまだ下がらず、布団の中も身体も熱いままだ。身体を起こし、枕元に置いていたタオルで汗を拭いた。着替えもしたいが、そこまでの元気もない。眠気が残り、ぼんやりとした頭のまま見た部屋の時計は二時をさしていた。まだ休まなくてはならない時間だ。再びベッドに戻り、アベンチュリンは何度目かのため息をついた。
退屈だ。熱があっては何もできない。ただ寝ているだけというのも落ち着かない。
熱いな。だるくて痛くて辛い。久々の風邪はこうも大変だっただろうか。これはとてもひとりでは抱えられない。
……寂しいな。
久々に彼に会うはずだったのに。彼とのんびりと過ごすはずだった。他愛ない話をして、笑い合って。それもかなわない。
治るまでどのくらいかかるのだろう。どのくらいひとりでいればいい。誰かがそばにいてほしい。それもかなわない。
穹。
友人の顔が思い浮かぶ。
穹。
彼の名前を呼ぶ。
「君に、会いたいな……」
そうこぼした瞬間、部屋の戸ががらりと開いた。
「起きたか、アベンチュリン」
「え?」
穹の声がした。起き上がると彼が目の前にいた。タオルとスポーツドリンクを持って穹は部屋に入って来る。アベンチュリンのもとにやってきて、使ったタオルを回収し、持っていたタオルで額の汗を拭ってくれる。
「ん、汗拭いたのか? 服濡れてないか? 着替えるか? ああ、喉乾いたならと思ってスポーツドリンクも持ってきたぞ。飲んでくれ」
手際よくコップにドリンクを注ぎ、アベンチュリンに持たせる。穹は困惑した様子のアベンチュリンに気づき、首を傾げた。
「飲まないのか? 湯冷ましがよかったか? あ、なんか食べたいものあるのか?」
「いや……どうして、君が、ここに」
確か断りのメッセージを送ったはずでは。
「いや、もらってないぞ。なんか既読はついてたし、よくわかんない単語は来てたけど」
思い出してみると、確かにどう送ろうか考えているうちに寝落ちしてしまった気もする。
「それでなんか心配だから来た。そしたらお前が寝てるし、具合悪そうだし、大変だと思って、いろいろ準備してきた」
水分補給にスポーツドリンク、なんかいいという湯冷まし、タオルもゼリーも準備して、おかゆも作った。そう穹は説明しつつ、アベンチュリンの額に触れる。
「まだ熱いな……熱冷ましのシートもあるけど……どうしたんだ、アベンチュリン、ぼうっとして」
「……心配かけさせたなと思ったところだよ」
「そんな顔するなよ。別にいいってこれくらい。なんかあったら頼ってくれていいぞ。友達なんだから」
そんな穹をまぶしいものを見つめるようにアベンチュリンは目を細めた。
「……ありがとう」
「うんうん、早く元気になってくれよ」
「そうだね……」
早く元気にならないと、とアベンチュリンは目を閉じた。早く元気になって、そしてまた君に会いたい。
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