この身が背負うは呪いにも似た幸運だ。
ソファに腰かけるアベンチュリンは物思いにふけっていた。
そんな幸運を背負った自分は誰かに奈落の底へと引き摺り込まれそうになっても、落ちることなく平然としているのだろう。けれど自分の手を引いた相手はあっけなく落ちていくのだろう。
助かるのは自分だけ。
取り残されるのも自分だけ。
さて、彼はどうだろう。
アベンチュリンは自身の膝へと視線を落とした。その膝を枕に穹は目を閉じて眠っていた。会って早々に疲れたと言って穹はあくびをしていた。寝るといいよ、と冗談で膝を叩いて見せたら、穹はアベンチュリンの膝に頭をのせてそのまま寝てしまった。
「本当に君は僕を驚かせてくれる」
アベンチュリンは目を細めた。
愛おしいいきもの。
星核を抱えたナナシビト。
開拓の旅を続け、出会った人々との絆の力で状況をひっくり返していく切り札。
彼ならば、彼とならば、繋いだ手は離れることはないだろうか。
「ねえ、穹くん」
アベンチュリンは彼の頬に触れて問う。
たとえばこの身が地獄に落ちるとして。
「君は地獄まで付き合ってくれるかい」
「……何の話?」
おや、とアベンチュリンは目を瞬かせて首を傾げた。穹は目を開けて眠たげなままにアベンチュリンを睨みつけている。
「起きたのかい? 星核くん」
「今起きた。で、なんで地獄がどうのこうのって話になってるんだ? あれか? またなんか落ち込んでるのか?」
穹は身体を起こし、ソファに座り直して、隣のアベンチュリンを抱きしめてやった。他者より熱い穹の体温。かすかに漂うのはアベンチュリンが贈った香水の香り。アベンチュリンは彼の感触を確かめるように穹を抱きしめ返す。うっかり身を預けそうになるのをこらえながらアベンチュリンは目を閉じる。
「俺は地獄になんか行かないからな」
「おや、付き合ってくれないのかい?」
「そもそも地獄に行かないって話! ふたりで手を繋いで歩くなら、地獄より楽しいところの方がいいだろ。開拓精神くすぐられる金色のゴミ箱の楽園とか、ええと、この前お前と行ったアクアリウム? とか、黄金の刻とか、そういうところになら喜んで付き合うけどな」
「そうだね。君には地獄は似合わない」
やはり彼は連れていけない。
落ちるなら自分ひとりで。
「ああもう!」
穹がじれたように声をあげて、アベンチュリンから離れた。そして彼の頬を両手でべちんと叩いた。
「お前にも! 似合わないだろ! ひとりで行こうとするな! 俺が行かせない!」
だからそんな顔をするな、という穹の言葉にアベンチュリンは目を丸くしてから少しだけ笑んだ。
「ひどい顔をしていたかい?」
「してた。寂しいなーっていう顔してた。俺の前でそんな顔をするなってば」
「ハハハ、いつものことながらかっこいいね、君は」
穹から放たれる頼もしい言葉の数々に、アベンチュリンの胸は熱くなる。目頭さえ熱くなっていく気がした。アベンチュリンは首を振り、ソファから腰をあげた。
「それじゃあ今から出かけよう。今日はどこに行きたい?」
「ゴミ箱開拓の冒険! 今日はゴミキングとの謁見だ!」
弾んだ声で宣言して、穹はアベンチュリンと手をつないだ。アベンチュリンがいつもよりも強い力で手を握り返せば、痛い、という文句が飛んできた。
「そんなに不安がらなくても手は離さないぞ?」
「不安がっているわけじゃないよ」
嬉しいからさ、とアベンチュリンはようやく穹に笑顔を見せることができた。
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