結果オーライ(オエミス)

「ミースラちゃん!」
「我らとお茶しましょっ!」
「嫌です」
「もー、ミスラちゃんってばー」
「いつまでもそうやって拗ねてないで、そろそろ我らとお茶しましょー」
 なおも嫌だとそっぽを向くミスラに双子が手を焼いていると、談話室のドアが開かれた。姿を見せたのは賢者であった。
「こんにちは。あ、お話し中でしたか?」
「おお、賢者ちゃん!」
「ナイス来訪じゃ、賢者ちゃん!」
「え、何かあったんですか?」
「それがのう、ミスラちゃんがご機嫌ななめでのう」
「我らとお茶をしてくれないんじゃ」
「ミスラ、何かあったんですか?」
 賢者の問いにもミスラは答えない。だんまりを決め込むミスラを見かねて、スノウとホワイトは賢者に耳打ちした。
「オーエンにお茶の誘いを断られたらしい」
「断られてご機嫌ななめ、傷心のミスラちゃんというわけじゃ」
「そうだったんですか……」
「オーエンに断られることはよくありますよ」
 傷心という言葉がひっかかったのかミスラが口をはさむ。振り返ればミスラは身体を起こして賢者と双子の方へと向いていた。
「ミスラ」
「昨日も一昨日も断られましたし」
「そ、そうなんですか……」
「別にいいかと思ったんですけど、今日はなぜかむかむかが全然おさまらないんですよね。どうしたらいいと思います? やっぱりオーエンを仕留めに行った方がいいでしょうか」
 今にも鬱憤ばらしに出かけそうなミスラに賢者は待ったをかけた。
「えーと、お、穏便に事をすすめませんか……?」
「穏便?」
「そうです。ミスラはオーエンとお茶をしたいんですよね?」
 そうなんでしょうか、と首を傾げるミスラに賢者はそうなんだと思いますよとうなずいてみせる。
「だったら、喜んで来てくれるようにしたらいいんじゃないでしょうか。例えばオーエンが好きなお菓子を用意するとか」
「なるほど……。オーエンが好きな菓子を用意してここに来させて、目の前でその菓子を貪り食って、悔しがるオーエンを見て溜飲を下げる。そういうことですか。考えましたね、賢者様」
「そんなことは微塵も考えてなかったです……」
 首を振って否定する賢者に構わず、ソファから腰を上げ、ミスラは賢者の腕を引いた。
「それじゃあ準備しに行きましょう、賢者様」
「わっ、ま、待ってください」
「いってらっしゃーい!」
 スノウとホワイトは談話室を去るふたりを見送った。さてさてどうなることやら、と双子はすっかり冷めてしまった紅茶にようやく口をつけた。

『お茶しましょう、オーエン』
『嫌だよ』
 ミスラの誘いを断るのは今日で三日目か。殺される前にさっさと彼から離れてしまおう。断った後にオーエンは素早くその場を後にした。
 茶を飲み、甘い菓子を食べながらゆっくり過ごせる時間なら、誘いを受けなくもない。だが彼との茶の時間はゆっくりなんて過ごせやしない。気がつけば殺し合ったり、一方的に殺されたりと非常に物騒な時間だ。ごくたまにゆっくり過ごせることもあるが、彼の気まぐれひとつでそれもひっくり返る。とてもじゃないが気が休まらない。誘いを受けないのはそういう理由だ。
 だがそろそろ、むかむかしたので、と言って鬱憤ばらしに襲撃を受ける可能性がある。それについてはどう対処すべきか。明日あたりはさすがに茶を飲むか。そういうときに限って誘いに来ないこともあるので、ミスラという存在は厄介だ。
 などと考えながら、オーエンはキッチンの方へと向かっていた。目当てはもちろん甘い菓子である。この時間ならネロか賢者がいるのではないだろうか。今日はどんな菓子をねだろうか。定番となりつつある、白いクリームたっぷりのケーキか。ビスケットやクッキーか。ああ、それに赤くて甘酸っぱいジャムをたっぷりのせて、さらに白いクリームをのせるなんてものもよさそうだ。
 キッチンの方から声が聞こえてくる。すでに誰かが使用中のようだ。ネロならばケーキとクリームをねだろう。ついでにジャムもつけてもらおう。賢者が何か作っていたならそれを奪ってしまおうか。口元に笑みをのせつつオーエンはキッチンへと足を踏み入れた。
「……はい! 今ですよ! そう、そこからひっくり返して……わあ! 最高の焼き加減ですよ、ミスラ!」
「オズよりうまく焼けてますね」
 踏み入れた足をオーエンは即座に戻し、物影に隠れて彼らの様子をうかがう。キッチンでフライパンを前に騒いでいるのは賢者とミスラであった。いい匂いが隠れているオーエンの元にも届く。パンケーキだろうか、ガレットだろうか。やがてミスラが皿に載せたのはパンケーキの方だった。
 さてはふたりで食べるつもりか。たっぷりトッピングしてそのパンケーキを、自分を差し置いて食べるつもりか。むっと眉根を寄せてオーエンはふたりを睨む。
「あとはトッピングですね。どうしましょうか。クリームとかはちみつとか、ジャムもいいですね。ちょっと見てき……あれ」
「オーエン、そこで何をしているんです」
 しまったと逃げようとしてももう遅い。ふたりとオーエンの視線はしっかりとぶつかってしまった。ここはふたりの前に出ていくしかないだろうか。憮然とした面持ちでオーエンはキッチンへと足を踏み入れた。
「ふたりこそ何してるの」
「パンケーキを作ってました」
「ふうん、ふたりで仲良く食べようってわけ?」
「いえ、俺が食べるんです。賢者様は助手です」
「……おまえひとりで食べるの?」
「はい」
「僕を差し置いて?」
「そうです。あなたが悪いんですよ、オーエン。あなた、お茶に誘っても逃げるじゃないですか。もうむかむかして仕方なかったんですよ。どうしたらいいか相談したら、賢者様に勧められたんですよ。オーエン好みの最高のパンケーキを作って、オーエンの目の前で食べてやろうって。羨ましがるあなたの顔を見れば溜飲も下がるだろうと」
 先ほどから激しく首を横に振っている賢者の様子からして、ミスラが都合よく解釈した提案なのだろう。だがしかし慌てふためく賢者の様子が面白いのでそのままにしておこう。そう思いつつ、オーエンは賢者をじとりと睨みつけてみせる。
「ひどいなあ、賢者様。そんなことを考えたなんて」
「違うんですよ、そうじゃなかったんですよ……」
 うう、とうなだれる賢者からオーエンは視線をパンケーキに移す。
 確かに胸を張っていいほどの最高の焼き加減だ。できたてのそれにトッピングをたっぷりしたらどんなにか美味だろう。そんなオーエンの視線に気づいたのか、あげませんよ、とミスラから牽制の声がかかる。
 このままだと目の前でパンケーキを食べられてしまう。こんなにおいしそうなものをみすみす逃してなるものか。どうにかして自分のものにできないか。思考を巡らせていればぱっと名案を思いつく。これならいけそうだ。そしてオーエンは笑みを浮かべながらミスラに声をかける。
「ねえミスラ」
「あげませんよ」
「まあ、聞きなよ。いいこと教えてあげるから。ただ焼いただけのパンケーキじゃ僕は羨ましがらないけど、ミスラ、おまえはそれでいいの?」
 オーエンの言葉にミスラは目を瞬かせた。
「よくないですね。羨ましがってもらわないと意味がないですし」
「それなら僕が食べたくなるようなパンケーキにしなきゃいけないんじゃない?」
「なるほど、それもそうですね。どうすればいいですか」
「たっぷりトッピングして。僕の指示通りにさ。ほら賢者様、悪いと思ってるなら動いてよ。トッピング用のをあるだけ持ってきて」
「足りなかった場合は?」
「今から準備するっていう発想はないの?」
「わ、わかりました」
 そして準備されたトッピングの材料を手にしてミスラはベタベタとパンケーキに塗りつけていく。その横で賢者はすでに足りないと感じたのかクリームを作っていた。
「これくらいですか」
「全然足りないよ、覆い隠すくらいじゃなきゃ」
 その指示通りにミスラはトッピングをしていく。だんだんと甘い香りがキッチン中に立ち込める。その一方でだんだんとミスラの表情が苦くなっていく。
「うん、クリームもジャムもこれくらいあった方がいい」
「はあ……」
 トッピングを終えたパンケーキはもはやクリームの塊と化していた。この中にパンケーキが隠れているとは知っていなければわかるまい。白いクリームの上にははちみつもたっぷりかけられ、かと思えば赤いいちごのジャムもかかっている。よく見れば粉砂糖も振りまかれており、口に入れたらどんなにか甘いだろうか。想像している以上の甘さが口の中を襲うに違いない。オーエンにとっては幸せな甘さだろうけど。
 辟易とした表情のミスラは、オーエンの方へクリームの塊となってしまったパンケーキを動かしていく。
「オーエン、これ食べていいですよ」
「ふうん? 食べなくていいの? 羨ましがる僕を見たかったんじゃないの?」
「見てるだけで胸焼けしてきたので」
「やった」
 作戦は大成功だ。無事に得ることができたパンケーキを前に。オーエンはいそいそと食べる準備を始める。そんな彼のもとに賢者が紅茶を差し出してきた。
「どうぞ。いれたてですよ」
「ふうん。賢者様にしては気がきくね」
「必要だと思いましたから。さあ、ミスラもどうぞ。お茶にしましょう」
「後にします。今から自分用のを焼くので」
「何、まだ焼くの?」
「そうです。オーエンのよりも分厚いパンケーキ焼いて食べることにします。せいぜい羨ましがってください」
 宣戦布告のような言葉を言い残してミスラは再びフライパンを手にしていた。
「やれるものならやってみなよ」
 ミスラの言葉にオーエンはそう返し、自分好みにトッピングされたパンケーキを口に運んだ。予想していた以上に満足いく出来にオーエンの顔も綻んだ。
「ふふ、おいしい」

「ぜーんぜん戻ってこぬから様子を見に来てみれば」
「首尾はどうじゃ? 賢者ちゃん」
「上々ですよ。見てください」
「おお、ふたりで並んで仲良くパンケーキを食べておる」
「ほっほっほ、お茶も飲んでのんびり平和じゃのう」
「ほっほっほ、よかったのう、ミスラちゃん。オーエンちゃんとお茶ができて」

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