今日も今日とて北の国の魔法使いは任務であった。依頼者のもとに到着し、通された部屋で少々歓待を受けた後、賢者と双子は席を立った。
「じゃあ、依頼の詳しい内容を聞いてきますね」
「よいか、くれぐれも飽きたとか言って出ていくでないぞ」
「なんて言っても、そなたらの場合は出ていく前振りにしかならんか」
「よくわかってるじゃねえか」
「おとなしく従うわけないでしょ」
「なぜあなたたちの言うことを聞かなきゃいけないんです」
「うーん、この子たちってば」
困ったのう、とスノウとホワイトはため息をこぼす。長い話にはならないと思うので、という賢者の言葉も三人の耳には入っていないだろう。扉を開けたスノウとホワイトは後ろを振り返り、再度三人に言い聞かせていく。
「ちゃーんと待ってるんじゃぞー」
「待ってなかったら後でお仕置きじゃからな」
ばたんと部屋の扉が閉まると同時に三人は腰を上げた。今回も討伐任務。指定された怪物を倒せばいいだけ。話なんて聞かなくたっていいだろうに。さっさと終わらせて早く戻る。これ以上は拘束されたくなかった。
「でもどこに行ったらいいかわからないんですよね」
「そこらへんの奴をつかまえて話を聞けばいいだろ」
討伐依頼の対象になるくらいだ。人々の噂にものぼっているはずである。
「なるほど。じゃあ行ってらっしゃい、ブラッドリー」
「精が出るね、ブラッドリー」
「てめえらも動け」
そう言い残してブラッドリーは扉の方を一瞥し、舌打ちする。方向転換をしたかと思えば窓を開けてひらりと外へと出ていった。
「なんで窓から? ああ……なるほど、面倒なことするよね、あの双子」
オーエンもミスラも扉に仕掛けられている魔法に気づいた。出た後かその前からか、扉からはスノウとホワイトの魔力が強く感じられる。どんな魔法かはまだわからない。複雑なものをかけるほどの時間もなかった。開ければふたりにばれてしまうとか、扉が開かないといった類のものだろう。オーエンが魔法を使わずに扉を開けようとして押してみるがびくともしない。おそらく後者の方の魔法がかけられている。
「こじ開けられそうだけどすぐばれるだろうね。小言がうるさそう」
「《アルシム》」
扉にかけられた魔法が破られ、ガラスが叩き割られたかのような音が部屋の中に響いた。一切の躊躇いなしに詠唱したミスラに、オーエンは呆れた視線を向けた。
「おまえ、話聞いてた?」
「別にあの双子にばれてもいいので」
あっさりと言い切ったミスラから視線を外し、オーエンは部屋の外へと出た。廊下をしばらく歩いたところでオーエンは振り返る。見ればミスラが後をついてきている。
「何? 僕についてくる気?」
「ええ。どうせなら退屈しない方がいいでしょう」
ときどきミスラはそう言ってオーエンを追いかけることがある。楽しいことを知っているんでしょうと、自分も楽しいことをしたいと後をついてくる。あちらとしては利益があるだろうが、オーエンからすれば利益は一切ない。気まぐれで状況をひっくり返し、こちらに牙を向けるけだものと一緒だなんて気が休まらない。オーエンは再び先程の部屋の方へと足を向けた。
「そっちは部屋の方ですよ」
「知ってる。戻る」
「行かないんですか」
「行かない、留守番してる。おまえといると疲れるし」
「そうですか。じゃあひとりで行ってきます」
オーエンを引き止めることなくミスラは廊下をひとり歩き出した。最初からそうしたらよかったのに、とオーエンは部屋へと戻る。扉を閉めると待ちかまえていたかのように双子の魔法が再び扉にかけられた。おそらく扉をこじ開けたことは双子にも伝わっただろう。よく見れば窓の方にも魔法がかけられているのがわかった。
「わざわざかけ直さなくったって……」
それでいて先ほどより強く閉じられているのがわかった。大人げない。そんなに閉じ込めなくても、出られないようにしなくても、自分は。
「僕は……」
開かない扉。開かない窓。閉じ込められる。出られない。部屋にひとりぼっち。
「……僕は」
不意に意識が揺らぐ。自分がどこかに行ってしまうかのような感覚に襲われた瞬間のことだった。
「《アルシム》」
またしても魔法が破られ、ガラスが叩き割れたような音が部屋中に、外にも聞こえるだろう大きさで響きわたった。呆然とするオーエンの目の前にある扉が開、ミスラが姿を現した。
「おとなしくしてくださいって賢者様が貝殻をくれたんですけど……って、どうしたんです、オーエン、そんなところに立って」
ミスラがずいと覗き込むとオーエンは我に返り、顔をしかめてミスラから離れた。貝殻なんかもらって、と彼の手元を見るが、彼が手にしていたのは焼き菓子が入ったトレイだった。
「貝殻って、マドレーヌでしょ、それ」
「ああ、そういえばそんなふうに言ってましたね」
そう言ってミスラは椅子に腰掛け、マドレーヌをひとつとってかじった。貝殻のはずなのになんでやわらかいのかと言いながら、次々と手をつけている。オーエンは隙を見てマドレーヌをひとつ奪って食べ始める。それに気づいてミスラは咎めるような視線を向ける。
「あげるなんて言ってませんけど」
「隙を見せたおまえが悪いんだよ。奪われる方が悪い。それが北の国の流儀ってやつでしょ」
「はあ……腹立つな……」
ふたりの睨み合いが始まったところでがらりと窓が開き、ブラッドリーが戻ってくる。
「よ……っと、ん? 何食べてんだ?」
「おかえりブラッドリー」
「マドレーヌですよ。貝殻なのにやわらかくて変なんですけど」
「そりゃそうだろうな……貝殻じゃねえからな、それ」
「なんですか? あなたも奪う気なんですか? はあ……面倒ですけど受けて立ちますよ」
「いやなんの話だよ」
三者での睨み合いが始まればばたばたと足音が聞こえてくる。途端に三人は居住まいを正し、戻ってきた双子と賢者を迎える。
「ただいまー!」
「みんな、おとなしくいい子にしてたかのう?」
「してたしてた」
「おとなしくしてたぜ」
「いい子にしてました」
平然と言ってのける三人に双子は胡乱げな視線を向けた。
「嘘を言うな、嘘を。魔法を破ったり外に出たりした悪い子がおるじゃろ」
「我らにはお見通しなんだからね!」
「情報収集に行ってたんだよ。今回の討伐対象は数が多くて厄介なんだろ?」
「むっ、なぜその情報を!」
「村の奴が泣きながら言ってたんだよ。早く討伐をしてくれってな」
「ブラッドリーちゃん、本当に情報収集をしてたんじゃな」
感心感心、と双子がうなずく。
「まあ、それがわかってれば大丈夫じゃな」
「では出発じゃ!」
「えっ、他にも注意事項があったと思うんですが」
「だって聞く耳持たなそうじゃし〜」
オーエンとミスラのふたりはマドレーヌの奪い合いを始めていた。今にも魔法を使っての殺し合いが始まりそうなことに気づき、ホワイトが止めに入る。
「はいはいそこまでじゃ。さ、討伐にゆくぞー」
「ミスラちゃん、北の山までアルシムお願いねっ!」
「簡単に言わないでくださいよ」
「オーエンちゃん、そのマドレーヌ食べたら討伐じゃぞっ!」
「指図しないで」
まだ奪い合いを続けたそうにしていたふたりだが、早く討伐を済ませればいいと気づき、渋々奪い合いをやめ、討伐へ向かうことにした。ミスラが渋々といった顔で北の山へと空間をつなげる。出現した扉が開けば北の山の冷気が肌を刺す。双子とともに先に行ったのは賢者、その後、マドレーヌをひとつくすねて口に入れたブラッドリーが続く。残るはふたりだが、オーエンは扉を見つめたまま、ぼうっとそこに立っている。
「扉……」
「何をぼうっとしてるんです、オーエン。さっさと行きますよ」
なかなか行こうとしないオーエンの手を引き、ミスラは彼とともに北の山へと足を踏み入れ、扉を閉じた。
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