もしも忘れてなかったら(オエミス)※現パロ

 街を歩くオーエンの耳に届くのはクリスマスソング。今年もこの季節がやって来たかとようやく気付く。雪がなかなか降らないこの街にいると、冬が来たという実感がいまいちわかない。風は冷たく日は差さず、寒さが増していくものの、なんとなく秋の延長という気がしてならない。枯れ葉が道端に残ったままであったり、息を吐いても白くならなかったりすることもそれを強めるのだろうか。
 クリスマスが終われば年末年始だ。今年は故郷に帰るかどうか、悩みどころだ。今頃あちらは毎日雪が積もってしまって大変だろう。雪が恋しい反面、面倒だという気持ちも強い。かつて故郷で見た冬の星空の美しさも懐かしいが、氷点下の寒さを思い出すと気が滅入る。面倒なのは雪や寒さだけでなく人間もなのだが。北で知らぬ者はいない双子、魔王、医者、そのあたりと出会うとこの上なく厄介だ。
「オーエンちゃん?」
「……ん?」
「あ、やっぱりオーエンちゃんだ! やっほー! 元気してたかのう!」
「……うわあ」
「もう! うわあじゃなくてこんにちは、でしょ!」
 まさか面倒な人間のひとりとこんなところで出くわすとは。ぷんぷんと怒っているのはホワイト。年齢不詳の老獪な双子の片割れである。北にいることが多いのだが、ごくごくたまにこの街にもやって来るらしいという話は聞いていた。そのごくごくたまに、が、今日であったようだ。ついていない。ホワイトがいるならばスノウもそばにいるのだろうとあたりを見るが、どうやらホワイト一人らしい。
「スノウは? 一緒なんじゃないの?」
「今日は我ひとりじゃよ。うんうん、オーエンちゃんは元気そうじゃのう。そうだ! 再会の記念に我と茶はどうじゃ?」
「気が乗らない。スノウと合流して行けばい……ちょっと、離して」
 結局力技で引っ張られ、オーエンは近くの喫茶店へと連れていかれた。だからこの双子は苦手なのだ。片割れだけであっても。

「今日は我がおごっちゃうから好きなものを頼んでよいぞ。あ、店員さん、注文お願いしまーす。まずはロコモコをひとつ!」
「季節の林檎のスペシャルパフェにホイップクリーム追加と、ホイップクリーム&ホイップクリームのせパンケーキ三段重ねにバニラアイス添えとホイップクリーム超マシマシコースで」
「オーエンちゃん加減して」
「好きなの頼んでいいって言ったはずだよ。文句言わないで」
 注文を終えてオーエンはメニューを閉じた。多少はホワイトに付き合おうとしているのだ。これぐらい頼んだっていいだろう。
「むう……でも付き合ってくれるから仕方ないかのう。そんなオーエンちゃんにさらにお礼をせねば。というわけで、はい!」
「何これ」
 ホワイトから差し出されたのは二枚のチケットだ。それには『期間限定! リニューアル! プラネタリウム割引券』と書かれている。胡散臭そうに見やるオーエンに、ホワイトはウィンクを飛ばす。
「いい子のオーエンちゃんにクリスマスプレゼント、じゃよ」
「白々しいこと言わないで、本当のことを言いなよ。どうせこのチケット関連でスノウと何かあったんでしょ」
「ぎくぅ……。鋭いのう、オーエンちゃん。そう、あれは昨日のことじゃった……」
 大げさに驚いてみせてから、その言葉を待ってましたとばかりにホワイトは語り出した。
「久々のこの街でうきうきの我は、スノウとプラネタリウムを見る予定じゃった……。でもスノウちゃんってば『それより北で見る方が綺麗じゃない?』とか言い出したんじゃ!」
「実際綺麗でしょ」
「綺麗だけども! プラネタリウムにも独自の楽しみがあるんじゃよ! それで我ら喧嘩して、スノウちゃんなんか知らない! ってなって、オーエンちゃんを見つけたってわけじゃ」
「今頃スノウは探し回ってるだろうね」
「そうじゃろうなあ。というわけで、このチケットはそんな経緯を持ったものなんじゃよ。我らに代わり、誰か誘ってぜひ見に行ってね」
「仲違いの末のいわくつきチケットなんていらないんだけど」
「まあまあ、遠慮しない遠慮しない。ミスラちゃんと見に行ったらどうじゃ」
「あいつが行くわけないだろ。寝るだけだよ」
「誘ってみたら案外いけるかも、じゃぞ? ほら、ミスラちゃん、そなたにはちょっと気安いっていうか親しみを持っているというか、付き合いよい方じゃろ」
 知った口をきくなとオーエンは渋面をつくる。ホワイトが知っているのは北のいたころの自分たちのことだ。ここ三年ほどの彼をそれほど知らないだろうに。
「最近のあいつはしょっちゅう女と出かけてるよ」
「えっ、そうなの? まあでもミスラちゃん顔いいもんね」
「それでいてしょちゅう振られてる」
「まあ、ミスラちゃんぼんやりさんじゃし……」
「だから僕と出かけることなんて、ほとんどないよ」
 ミスラが家に転がり込んできて早三年。共に過ごす時間は案外少なく、出かけたことなどほとんどない。趣味嗜好も違えば性格も違い、生活習慣も違う。そしてミスラには女の影が絶えない。入り込む隙間などないのだ。
「ふーん、なるほどなるほど」
「何、その顔」
「いーや、やきもち焼いちゃうよね、わかるわかるって話じゃよ。寂しい気持ち、わかるぞ」
 寂しい? そんなわけがないだろう。知った口をきかないでほしい。自分の感情を、彼との関係を、わかったような顔して言語化してくれるな。オーエンは手を上げて店員を呼ぶ。
「パンケーキふたつ追加」
「からかってごめんってばオーエンちゃん!」

 その後一生分のパンケーキとホイップクリームを堪能し、ホワイトとスノウの仲直りに付き合わされ、おしゃべりに巻き込まれて、ようやくお茶の時間は無事終了した。現在オーエンは帰り道を歩いていた。その手にはプラネタリウムの割引券が握られている。
 プラネタリウムにはもともと興味はあったが、値段のわりに合わないのではないかという不安を抱えて行くのを避けていた。割引があるならば、まあ、行ってみようかという気持ちは芽生えてきた。ここのところ夜になると曇っていて、星をゆっくりと眺めることができていなかった。人工的なものでも星を眺められるなら少しは気持ちが満たせるだろうか。さっそく明日の朝一番に間に合うように行こうか。二枚あるのなら、どうせなら、暇だろうから、きっと、もしかすると。
 肩で息をしながら帰宅後、オーエンはテーブルに置かれていたメモ用紙に気づく。ミスラの字でこう書かれていた。
『今日は泊りです。朝に帰ります』
「……はは」
 ほんの少し、ほんの少しだけ期待していた自分をわらってやりたい。入り込む隙間なんてありはしない。チケットをカバンに入れて、オーエンは早々とベッドに横になった。明日は朝一番にプラネタリウムに行こう。ひとりで楽しんでやる。

 翌朝、オーエンが食事を終え、身支度を整えているところに、玄関のドアが開いた。ただいま、というミスラの声が聞こえた。洗面所から顔をのぞかせると、あくびをこぼしているミスラと目が合った。
「おかえり。ごはんは適当に食べて」
「そうですか。あれ、オーエン、どこか行くんですか」
「朝から予定があるんだよ。おまえは? 今日は予定ないの?」
 その問いにミスラはうーんと首を傾げている。あったような、なかったようなと、どっちつかずの回答にオーエンは呆れた表情だ。そしてこういうときに限って予定があるものだ。
「とりあえず朝ごはんでも食べときなよ。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 手を振るミスラに背を向けて、オーエンはカバンを手に玄関のドアを開けた。

 リニューアルしたということもあってか、朝のプラネタリウムには予想以上に多くの人が集まっていた。受付は多くの列をなしている。これでも早くに到着したのだが、朝一番のプログラムはすでに受付が終了してしまったらしい。あきらめて二時間後のプログラムの受付を済ませ、オーエンはいったん施設の外に出て時間をつぶすことにした。近くでウィンドウショッピングやお茶をするなどして、時間を調整し、プラネタリウムに戻ってきたところでオーエンは声をかけられた。振り返り、は? と声に出てしまったのは仕方がなかったと思う。
「奇遇ですね、オーエン」
「こんにちはー」
「……なんでいるの?」
 オーエンに声をかけてきたのはミスラ。そしてその隣には髪の短い、また見知らぬ若い女。なんでこんなところで会わなくてはならないのか。
「やっぱり予定があったんですよ。電話してもらって気づいたんですけど」
「また予定忘れてたの」
 なんでそれでも振られないんだと毎回不思議に思う。オーエンがちょっかいを出さない限り、ミスラと女の関係は壊れない。ここまでくると女の方に何かあるのか。困ったように笑っている女へオーエンは声をかける。
「ねえ、きみ、こんな忘れっぽい男のどこがいいの」
「ふふっ、彼のいいところはたくさんあるんです」
 忘れっぽいところも魅力です、と女は言う。正気だろうか。たくさん知っていると自慢げに言うが、彼と出会って何日だ。その程度でミスラの何を知っているというのだろう。本当に、こんな男のどこがいいのか。
「オーエンは何を見るんです」
「十時半からのだけど、まさかそれも一緒なんて言わないよね」
「奇遇ですね。そのプログラムです」
 最悪だ。そしてまだ最悪は続く。
「奇遇ですね。席が隣だなんて」
 入ってみればオーエンの席の左隣はミスラだった。女はミスラの右隣。なぜこんなことになっているのか。ただただ最悪だ。
「帰ろうかな。何もかも嫌になってきた」
「ここまで来て何を言ってるんです。始まりますよ」
 会場が暗くなり、人工の星空が天井に映し出される。かつて北で見た星とは比べるまでもない。やがて星空をイメージした心地よい音楽とナレーションが耳に入ってきた。同時に耳に入ってきたのは女がミスラに何事かをささやいている声だ。何を言っているかまでは聞き取れないが耳障りで仕方がない。そっと見ればミスラは女の言葉にうなずきはするものの、黙って映し出された星空を眺めている。そんな彼を見てオーエンが思い出すのは北にいたときのことだ。
 喧嘩ばかりのオーエンとミスラだが、ごくたまに地元で評判の風景を見に行くことがあった。彼は覚えているだろうか。故郷の星や夕暮れ、湖畔の風景を共に見たことを。さえぎるもののない美しい情景は未だ胸に残る。ミスラはどうせ忘れているだろう。今日の予定も覚えていないのだから。
 ふうと小さく息を吐き、オーエンは目を伏せる。来るんじゃなかった、と思っていると、不意に生ぬるい何かが手に当たる。見ればオーエンの手の上にはミスラの手が重ねられていた。ぎょっとしていれば手が握りこまれる。離すよう訴えるべくつながった手を上下に動かせば、ミスラはめんどくさそうにオーエンの方に視線を向けた。
「なんですか」
「こっちの台詞だよ。僕の手なんかいいだろ。あの子の手をつないでやりなよ」
「もうつないでるので」
 わざわざ見せるあたり無邪気なのか無関心なのか。ああ、本当に、この男のどこがいいんだ。

 プログラムが終わると同時にオーエンはプラネタリウムを離れた。昼過ぎに帰ってきてオーエンはベッドに横になった。何もかも忘れてしまおうと目を閉じて、しばらくして目を覚ますとすでに部屋の中は暗くなっていた。時計で確認すれば時刻はすでに夜八時。さすがに寝過ぎた。ベッドから起き上がってカーテンを閉めて部屋の明かりをつける。それと同時に玄関のドアが開く。
「ただいま」
「おかえり」
 帰宅したミスラは挨拶もそこそこに、部屋にカバンを置いて、すぐさまオーエンの手を引いた。驚き、抵抗するオーエンに構わず、ミスラはぐいぐいと彼の手を引っ張る。
「何、どこに連れて行くつもり」
「星を見ましょう。今日は久々に星が見れるので」
「星なら見たでしょ、プラネタリウムで」
「人工の星だとなんか違ったんですよ。行きますよ」
「待てってば、寒いんだから羽織らせて」
 オーエンは手近にあったコートを羽織ってからミスラと共に外へ出た。そしてふたり並んで空を眺める。目をこらせば夜空にはきらきらと瞬く星が見えた。比べるべくもない。やはり故郷の寒空の下で見た星がいっとう美しい。
「やっぱり北の方がよく見えますね」
「さえぎるものがないからね」
「そういえば、あなたと星を見たことがあったような気がするんですけど」
 オーエンは目をしばたたかせる。そして、ややあってから、そうだったっけ、ととぼけてみせた。
「はい。まあ、不確かな記憶なので、見てなかったかもしれません。あなたも忘れてるなら、やっぱり見たことがないんでしょう」
 だから、とミスラは続けた。
「年末に北に帰って、一緒に星を見ませんか」
「……は?」
 思わぬ申し出にオーエンは間抜けた声を上げてしまった。
「なんで?」
「見たいので。そういえば最近帰ってないので。どうですか?」
 どうですか。なんて。
「予定をすぐ忘れるような奴と約束はしないよ」
 でも、まあ。
「気が向いたら、考えなくもないよ」

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