いつのことだったか、南の国の兄弟とミスラが土いじりをしているのを見かけたことがある。もちろん声はかけなかったが、少しばかり彼らの様子を見ていた。めんどくさそうにするミスラをなだめる兄弟。球根を食べようとするミスラを止める兄弟。
オーエンからすると彼らと馴れ合っているミスラの姿は奇異に映った。
汗ばむ陽気の昼前の魔法舎。その一角にある花壇には色とりどりの花が咲いている。綺麗なばかりでなく、中には薬草にもなるという花や、食べると舌が痺れる花など、さまざまな効果を持ったものが植えられていた。薬とも毒ともなる花もそうでない花も平等に、南の国の兄弟の世話は隅々まで行き届いており、見る人々に好印象を与える。
さて、そんな花壇のそばで足元の方を睨みつけている魔法使いがひとり、その足元の方で寝転がっている魔法使いがひとりいた。北の魔法使い、オーエンとミスラである。
ふたりは先ほどまで派手に殺し合いをしていたのだが、なぜか突然ミスラは戦うやる気を失ったようで、オーエンを放ってひとり歩き出してしまった。急な態度の変化に戸惑うオーエンがいくら煽っても、ミスラが乗ることはなかった。彼の視線の先には南の兄弟が整えている花壇があった。それを守ろうとでもして攻撃を止めたのだろうか。ミスラは風に揺れる花壇の花々を目に留めた後、おもむろにごろりと寝転がり、入眠を試み始めた。そんなミスラをオーエンは睨みつけるが彼はどこ吹く風、まるで気にしていない。勝手に戦いを吹っ掛けて来て、勝手に戦いを止めて、勝手に寝ようとするこの男に怒り、苛立ちをおぼえるのも当然なのではないだろうか。
「ミスラ」
「なんですか。いい感じに眠気が来ているんですよ。邪魔しないでください」
「どうせ眠れないに決まってる」
「試してみないとわからないですよ」
「そう言って何度失敗してるんだよ」
「昨日はオズが邪魔したせいです。今日は大丈夫じゃないですか」
「僕が邪魔しないとでも?」
「はあ、なんです、さっきから、構ってほしいみたいに」
「馬鹿言わないで。僕はさっきの続きがしたいだけ。今日こそは白黒つける。おまえを殺してやる」
「仕方ないですね。キャンディーありますけど食べますか」
「話聞いてた? もらうけど」
寝転がっていたミスラがポケットの中にあったキャンディーを投げて寄越した。受け取ったオーエンが包み紙を取ると赤色のキャンディーが姿をあらわした。何味だろうか。赤ならばストロベリーだろうか。甘ければなんでもいい。オーエンはキャンディーを口の中に放り込み、舌で転がし始める。舌で転がしているうちにオーエンの表情はゆがみはじめる。まずい。にがい。なんだこれ。そうこうしているうちにびりびりと舌がしびれてきて、さらには痛みも走り出した。
「なに、この、キャンディー……」
「なにって、俺が作ったものですよ。あの花で」
ミスラは花壇の方を指差した。そちらへ視線を向けると見覚えのある赤い花が風でゆらゆら揺れている。あの花はいつだったかミスラが食べていたものだったような。食べられるんですけど、食べると舌がしびれるんですよ、と言っていたような。
「おまえ、ふざけるなよ、あれ、食べられるものじゃないだろ」
「食べられますよ。舌がしびれて痛み出すだけです。その花壇に植えられているのはだいたい食べられますよ。これとか」
「おまえがなんでも食べるだけだろ、ちょっと、何、やめて」
身体を起こしたミスラは花壇からひとつ花を引きちぎり、オーエンに無理やり手渡してきた。目を引くオレンジ色の花は今を盛りと咲いている。
「カレンデュラでしたっけ。なんかいい効果があるってミチルが言ってました。忘れましたけど」
「肝心なところだろ」
「覚えていられないですよ。別にいいでしょう、食べられるんだから」
「おまえの言葉は信じられない。そんなことより、いいの? 勝手に花を引き抜いたりして」
「いいんじゃないですか。俺の花壇ですし」
「おまえの花壇? ここを世話してるのは南の兄弟じゃないの?」
「俺の花壇でしょう。種まきもしましたし、世話しているときも守ってやってますし、昨日水やりをしたのは俺ですし、俺の花壇です」
なぜか自慢げに胸を張るミスラはやはりオーエンの瞳には奇異に映った。
ミスラ。
吹雪の中にひとり佇み、気まぐれに炎で焼き払う強者。目の前のものを詠唱ひとつでなぎ払う美しき獣。北の矜持を持ち、オズには劣るものの圧倒的な強さで恐れられる北の国の魔法使い。
そんな彼が今や赤子に等しい南の国の兄弟の保護者かのようにふるまっている。弱い魔法使いと馴れ合い、花壇いっぱいの花を咲かせた。北のミスラを知り、その価値を認めるオーエンからすれば今のミスラは奇異に映る。そして思う。認めたくない。平和に慣れ切ったかのような、北の矜持を忘れたかのようなこんなミスラは。
北のミスラが何をしているの。
おまえはどこへ行ってしまったの。
オーエンは手元に視線を落とした。瞳に映るのはミスラが南の魔法使いと馴れ合いながら咲かせたカレンデュラ。オーエンは忌々しげに舌打ちし、渡されたその花を放り投げた。
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