待てができたらね(アベ穹※現パロ)

「実家の犬、待てができないんだよ」
「おや、そうなのかい?」
 夕方、アベンチュリンの自宅アパートには穹が遊びにきていた。しばらくテーブルで課題に取り組んでいたが、気分転換でもしたくなったのか、アベンチュリンにそう話しかけてきた。
 アベンチュリンの方はというと、キッチンで、包み終えた餃子を焼こうとしているところであった。熱したフライパンに餃子を並べて、お湯を注いで蓋を閉め、数分間そのままで蒸し焼きにするのである。時間と火加減に気をつけつつ、アベンチュリンは穹の話に相槌を打つ。
 曰く、実家の犬は待てと言う前にごはんに喰らいつき、ぺろりと平らげてしまうという。
「困ってカフカに相談したら、まずは待つことの良さを犬に感じさせてわかってもらうといいんだって」
「例えば……待てができたらご褒美がもらえるとか?」
「そうそう。待ったらおやつがもらえる! とかって覚えるといいらしい」
 穹はそう言いながら席を立ち、キッチンの方へとやって来た。
「あとはまずはゆっくりじっくり、刺激がない状態でやるとか言ってたな」
「刺激があったら目移りするんだろうね」
 そろそろかな、とアベンチュリンが蓋を開けるとぱちぱちと焼ける音がした。水気はもうとんでいるだろう。油を少し加えてもう一度焼く。焼き色がついたら完成だ。穹はそわそわとした様子で餃子をチラチラと見ている。
「焼けたか?」
「もう少し。焦らない、焦らない。その子に待てを教えるときは、どうやってたんだい?」
「ちゃんとゆっくりじっくり教えてたはずなんだけど、なんかうまくいかなかったみたいだ。頑張って焦らずしつけたはずなんだけどな」
「飼い主に似たのかな」
「え? 俺、待てができるぞ?」
「そうかなあ……」
 まだ焼けないかな、と子どものようにそわそわする穹に、アベンチュリンはくすりと笑う。
 焼き色がついたので火を止めて、完成した餃子は一旦皿に並べた。その皿をダイニングテーブルに置くと、穹はつられるようにそちらの方へと移動する。焼き立てで湯気を出している餃子を前に目を輝かせている。
「熱いから触ったらいけないよ。あとつまみ食いもだめ。その餃子は君へのお土産だから、ちゃんと持って帰ってね」
「お土産……」
 そうつぶやいて穹はなぜかしょんぼりとする。アベンチュリンはそんな彼の様子に首を傾げつつ、自分の分の餃子を焼こうと準備を始める。余ってしまった餃子の皮はどうしようか、と考えつつ、アベンチュリンは穹に声をかける。
「それで、次の連休には久々に実家に戻るんだろう? そのときはその子をもう一度しつけるつもりかい?」
「え? ……ああ、うん、そのつもり。まずは五秒から始めようかなって……いただきます」
「あ、こら、つまみ食いはいけないって言っただろう?」
 穹は餃子をひとつつまんで口に入れた。熱いからかはふはふ言いながらおいひいとつぶやいている。ああもう、とアベンチュリンが呆れた声を出しても、穹は気にすることなくもうひとつと手を伸ばした。
「こっちが手を離せないのをわかってて……無くなっても知らないよ?」
「んぐ、どうせあとで食べるんだから、今食べても変わらないんじゃないか?」
「君が帰るときに持たせるお土産が無くなるじゃないか」
 たしなめれば穹は拗ねたように唇を尖らせた。
「いいだろ、無くったって、そんなの」
「君ねえ……」
「……アベンチュリンは、俺を帰らせたいのか?」
「うん?」
 穹の声のトーンが落ちたことに気づき、アベンチュリンは一旦手と火を止める。穹はすっかりふくれっつらだ。これはきちんとなだめた方がよさそうだとアベンチュリンは彼の方へと近づく。床に座り込んだ穹の隣に腰を下ろして問う。
「……帰りたくない?」
「……そっちが言ったくせに、つ、続きがしたくなったら、またおいでって」
 心を通わせ、アベンチュリンがそう言って、穹の手首に口付けたのは二週間前のこと。そういうことか。いつもならアベンチュリンそっちのけで課題に取り組む穹が、課題を中断して話しかけてきたのはそういうわけか。アベンチュリンは目の前の穹を抱きしめたくなるのを抑えつつ、彼に確認する。
「覚えてたんだ」
「わ、忘れるわけないだろ」
「じゃあ今から続きをするかい?」
「……え」
 穹は目を丸くし、ぽかんと口を開けて言葉をなくした。沈黙が下りる中、ふたりの視線が絡む。時計がカチカチと鳴る中、先に目を逸らしたのは穹の方だった。
「いや、その、急にそういうのは、いやいや、あ、嫌じゃないけど、その、ちょっと……って、何笑ってるんだよ!」
 肩を震わせるアベンチュリンに気づき、穹は大声を上げた。羞恥から顔を染めた彼に謝りつつ、冗談だよ、とアベンチュリンは告げる。
「まず第一に、待てができない子にご褒美はあげられないんだ。つまみ食いはだめだと言っても、食べてしまうような子にはね」
「ええー……」
 少々残念そうな穹の頭を撫でてやりながらアベンチュリンは言う。
「いい子で待てるようになったら、そのときにはご褒美をあげよう。できるかい?」
「……………………頑張る」
 しっかりと不満があらわれた返事にアベンチュリンは笑って、なだめるように穹の額に口付けを落とした。

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