思い出は増えていく(アベ穹)

 アベンチュリンのスマホの通知が鳴った。メッセージを送ってきたのは穹だった。ありがとうというメッセージと、ウィンドブレーカーを着た彼の写真が送られてきた。着ている彼の顔は誇らしげで、気に入ってくれてよかった、贈ってよかったと心から安堵した。
 それからというもの、穹は写真を送ってくるようになった。
 ある日は星穹列車のメンバーと穹の写真。仲良くポーズを取っており、見ているこちらの笑みを誘った。
 またある日は氷雪グマと穹の写真。以前トパーズが言っていたのはこの生き物かと合点した。
 他にも様々なゴミ箱とのツーショットや配信中の少女との写真など、彼の交友関係の広さを改めて思い知った。開拓の旅路の中で彼は様々ないのちとかかわり、絆を結んでいっているのだと知る。
(その絆の中に、僕も入っているといいけれど)
 アベンチュリンがそんなことを思っていた、本日。
『今日の俺。金人港でバイト中。女装してもにじみ出る俺の可愛さに見惚れるなよ~?』
「ちょっと待って」
 さすがに声が出た。

 羅浮の長楽天にあるグルメストリート、金人港。屋台街には観光客が多く集い、大変にぎやかである。あちらこちらから料理のいい匂いがただよい、ちょっと何かを食べようかという気分にさせる。いや、それよりも。目的の屋台にたどり着くと、呼び込みをやっている狐族の少女、にしては体格のいい人物が、アベンチュリンに向かって手を振る。
「いらっしゃい。なんか食べるか?」
「……とりあえず、色々説明してほしいことがあるよ、マイフレンド」
 頭を抱えているアベンチュリンに穹は不思議そうに首を傾げてみせた。まずはなぜ女装しているのか、そしてその装いについて説明が欲しい。
「ここの屋台の看板娘さんが今日休みでさ、困ってたからヘルプに入ったんだよ。看板娘不在ときたら、俺がなるしかないよな?」
「そうかな……?」
 そして衣装については、穹曰く、動きやすさを考えたらしく、羅浮に住まう狐族の衣装を借りたのだという。全体的に動きやすいと思われる衣装の中で、なぜそれを選んだのだろう。
「どうせなら思いきって着ようかと思ってさ、選んでみた。ついでに化粧も耳もつけ毛もってやってたら楽しくなってきて、で、こうなった!」
「……楽しいかい?」
「楽しい!」
「それはよかったね……」
「元気ないな。なんか食べるか? 選べないなら、蓮根餅と獏巻きをおすすめしとくけど」
「それを頼むよ」
 アベンチュリンが穹にお代を渡すと、穹が店主にもとに向かった。運びにきてくれる間にアベンチュリンは近くの席に腰を下ろした。スマホを開き、送られた写真を今一度確認する。どうしよう。これまでは友達の思い出ということでアルバムに保存していたが、今回の女装した友達の写真は保存するべきか悩む。振り返る際にどういう感情で見たらいい。当の本人が楽しそうなのが判断を難しくさせる。
「蓮根餅、獏巻きお待ちぃ!」
 溌剌とした笑顔の穹が戻ってきたのでアベンチュリンはスマホをしまう。自分の分も買ったようで穹の手にはふたり分の品物があった。
「仕事はいいのかい?」
「ちょっと休憩してていいってさ。一緒に食べるぞ」
 そう言って穹はアベンチュリンに蓮根餅を渡す。餅の中に入っている鳴り蓮根を食べると、ははははは、と爽やかな笑い声が響いた。鳴り蓮根の特徴だ。笑い声に驚かないアベンチュリンに、穹はちょっと残念そうな顔だ。
「さすがに慣れたか……」
「慣れたよ、何回も聞いていれば。こうして君と蓮根餅を食べるのも何回目になるだろうね」
「結構食べてるな。食べ歩くのにちょうどいいから……。あ、でも獏巻きは食べるのは初めてじゃないか?」
「そうかもしれないね。いつも君が僕の分まで食べているから……こら、これは僕の分だよ、そろそろ獏巻きを食べさせてほしいな」
 獏巻きに伸びてきた穹の手を注意すると、彼はその手を引っ込めた。結構おいしいからさ、というのは理由にならないだろう。アベンチュリンは食べる前に獏巻きをじっくりと見つめる。外見はかわいらしいピンク色のロールケーキだ。夢獏の毛皮の紋様のようだからとそう名づけられたらしい。一切れを口に入れるとほどよい甘さが舌に残る。
「おいしいね。見た目の華やかさも相まって、これは他でも人気が出そうだ」
「そうだろうな。でもなあ、夢獏で作られてるらしいからなあ、どうだろう」
「そうか、それなら……何て?」
「あ、これ内緒だった。聞かなかったことにして」
「できない話じゃないかい?」
「あ、そうだ、喉乾かないか? なんか飲む? と言っても、ここで買えるのって烈炎濃茶か……? うーん」
「それはお茶?」
「お茶っていう設定。見た目は瑠璃色だし、飲むと喉が焼けるくらい熱くなるし、フラフラするし、一気に飲むと意識失うからやめた方がいい。お茶だけど」
「……ここは色々と心配になるね」
 そういった点も含めてここには他にはない文化や雰囲気があるのだろう。その中で人々は生き生きとした表情で生活をし、各々の時間を過ごしている。その中にはアベンチュリンと穹も含まれている。
「記念に写真を撮っておこうかな」
「可愛く撮ってくれ」
「君はもう写真を撮っているよね? この金人港の雰囲気を撮っておこうかと思ったんだ」
 写真は鮮やかに記憶を切り取り、見るときに思い出をよみがえらせるよすがになる。撮った写真を見るたびに、彼と過ごした時間や出会った人々のことを鮮明に思い出すことができるだろう。それが自分にとってなぐさめにもなるだろう。
 彼は足を止めず、開拓の旅を続けるナナシビト。自分との時間が重なるのは一瞬だけ。ふたりの別れはすぐそこに迫っている。
 アベンチュリンの顔をじっと見ていた穹だったが、何かを思いついたようにおもむろに立ち上がった。
「じゃあ一緒に撮ろう」
「一緒に?」
「俺とお前が一緒に過ごした思い出を残しておこう。寂しいときに見て、元気を出してくれ。だからそんな顔をするな、男前が台無しだ。写真を撮るなら笑顔で!」
 そう言って穹はアベンチュリンの頬をぺちんと叩いた。そして店主を呼んでふたりの写真を撮ってもらうように頼んだ。隣にやってきて笑顔でピースを作る彼に微笑み、ふと思い出す。今日の彼は女装をしているのだった。
「君が女装をしていなければ、完璧だったと思うよ……」
「美少女な俺はだめなのか? じゃあ明日は男前な俺と撮るか?」
「……明日も君に会えるのかい?」
「お前が会いたいなら、時間を作るよ」
「それは……ぜひともお願いしたいな」
「よし、じゃあ約束だ」
「おーい、撮るぞー! さーん、にーい、いーち!」
 シャッター音が鳴り、また一枚、ふたりの思い出が増えたのだった。そして明日ももう一枚、思い出は増えるのだ。
 ふたりに別れが訪れるまで思い出は増えていく。

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