好きだ、という言葉に返ってきたのは微笑みだった。
「僕も穹くんのことが好きだよ」
両思いだね、と言ってアベンチュリンは穹をぎゅうと抱きしめる。穹も抱きしめ返し、ふたりで笑い合い、見つめ合う。絡んだ視線の熱は上がっていき、互いの顔が近づいていく。やがて目を閉じた穹の唇に触れたのは、アベンチュリンの唇ではなく、人差し指だった。目を開け、困惑した様子を見せる穹にアベンチュリンは苦笑する。
「いけないね、ついつい焦って、奪いそうになってしまうよ」
穹の前髪をそっとかきやり、あらわれた額に口づける。
奪うのは簡単だけど、それじゃ片思いでも変わらない。
せっかく両思いになったのなら。
「君らしく、僕を愛してほしいな」
「いや、つまりどういうことだ!?」
眠りにつく前に我にかえり、穹は身体を起こした。両思いとわかり、穹とアベンチュリンは晴れて恋人となった。その幸福感に酔い、夢見心地で帰路につき、ソファで横になろうとして穹は気づいたのだった。
『君らしく、僕を愛してほしいな』
アベンチュリンはこちらからの愛を求めている。それはわかる。だが具体的にそのためにどうしたらいいのか。君らしくという言葉がついてしまい、それは難解になる。
「俺らしく……愛する?」
いかにも開拓者らしい、星核を抱くものらしい愛し方?
それとも趣味嗜好のような?
例えばゴミ箱を愛するように、なのだろうか?
「探す、見つける、開ける、漁る? いやなんかむりやり暴いてるみたいで嫌だな……」
穹はスマホを取り出し、恋人、愛し方と打って検索をしてみる。だが検索に出てきた小説、コラム、格言に名言などのさまざまな情報を見てもいまいちピンと来ない。
「俺らしくってなんだろ……」
穹の困りきった声がぽつりと部屋に落ちた。
「というわけで、俺らしくってどういうことだ?」
「僕に聞くんだね」
翌朝すぐに連絡を取り、穹はアベンチュリンが泊まっている部屋を訪ねた。アベンチュリンは微笑みを浮かべ、ソファに座る穹の隣に腰を下ろす。
「考えてはみたのかい?」
「一晩考えたり調べたりしたけど、ピンとこなくて。それに変にすれ違っても嫌だろ? それなら本人に聞くのが一番だ」
「それもそうだ。賢明な判断かもね」
そう言い終えてからアベンチュリンは君の手を触ってもいいかい、と尋ねた。穹は目を瞬かせ、首を傾げる。
「いいけど、なんでそんなことを聞くんだ?」
「君がどこまで許してくれるのか、まだわからないからさ。手を触れることも怖い可能性だってある。君らしく、というのは表現が悪かったかな」
僕が言いたかったのは、君が許せる範囲で愛してほしい、君のペースに合わせて愛していきたいってことなんだよ、とアベンチュリンは教えてくれる。
「だからこうして少しずつ了解を得ている。嫌だったら引っ叩いてくれて構わないから」
「嫌なんて……そんなことはないぞ。手に触れたっていい、そのまま握ったって、つないだっていい。抱きしめたっていいし」
昨夜できなかったことだって、キスだって許せると穹は思っている。
「その、む、むしろ、してほしいというか、したいというか!」
「本当に?」
「本当だ!」
ふたりの視線が交わり、熱を帯びる。期待と羞恥でどきどきと胸は高鳴っているような気がした。そんな慣れない感覚に耐えきれず、穹が目を閉じれば、アベンチュリンが彼の頬に触れ、そこに口づけを落とす。そして額に、耳に、もう一度頬にキスをして、最後に穹の唇が塞がれた。目を閉じているせいで唇の柔らかい感触がより一層感じられ、手足の先が甘く痺れた気がした。
(やっぱり好きだな)
思いを通わせた相手との口づけの、なんと幸福なことか。夢見心地のままにそっと目を開けると、アベンチュリンの唇が離れていくのが見えた。
「……あ」
もう終わり?
名残惜しげな声を出せば、アベンチュリンが目を丸くする。そして大きなため息をひとつこぼして穹の目を手で覆った。
「アベンチュリン?」
「ええと……続けるかい?」
困りきった声だ。アベンチュリンは困っている。続けない方がいいのかもしれない。だけど。
「続けて」
だって幸せで心地よいのだ。
「もっとお前に触れていたいし」
それにむくむくと何やら湧き上がってきているのだ。
「もっともっと、お前を困らせたい」
「……穹くんは、怖いもの知らずだね。僕は怖くて怖くてたまらないのに。君に嫌われるんじゃないかって」
「そんなことない。嫌いになんかならないって」
「本当かな」
「本当だって。なあ、いつになったら手をどかしてくれるんだ? お前の顔が見たい」
「だめだよ、とても見せられない顔をしてるから」
「嘘だあ」
穹は無邪気に笑う。アベンチュリンの腕を掴んで、穹の目を覆っていた手をどかす。そして見た。
「え……」
アベンチュリンの宝石のような瞳が、熱を帯びていて、それでいて獣のように獰猛で、穹をとらえていて。
「う、あ……」
今に喰らってしまいたいと息を荒くして、舌をのぞかせていたのを。
「穹くん」
再び穹の目はアベンチュリンの手で覆われて、そして唇は奪われた。ぽかりと口が空いていたのがいけなかった。隙間からねじ込まれてふたりの舌は絡み合う。穹の手足の先がまた痺れていく。
(どうしよう)
唇を食まれて、ちゅ、と吸われて、これ以上先は進めないはずなのに、さらに奥の奥まで求められても。
(まだ足りない)
きっとまだまだ重なり合えるのではないか、やがてひとつになれるのではないかと、そんな期待を抱き、穹は慌てて離れていくアベンチュリンに飛びつき、自ら彼の唇に食らいついた。
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