今のところはあなたで(オエミス)

 チレッタは言った。産むなら強い魔法使いとの子がいいと。世界最強の魔法使いの名前を挙げて、もう少しおしゃべりで優しくてロマンチックであれば、とも。強さとそれらを秤にかけたらどちらが重かったのか。結果として強さというのは軽かったのだろう。彼女が選んだ男は虫けらのごとく弱い人間だったのだから。
『どうしてあんな人間を選んだんです』
『いいでしょ、好きになったんだから。じゃあミスラだったらどんな人を選ぶ?』
『さあ、とりあえず弱い人間は選びません。どうせなら俺より強い方がいいですね』
『世の中強い弱いだけじゃないんだけどなあ。ま、今はそれでいいか。いつかわかるときが来ると思うし』
 そんなやりとりを交わしたのはいつのことだったか。
 ふと隣から唸り声が聞こえて、ミスラはそちらへと視線を向けた。隣で眠っているのはオーエンだ。痛みを堪えるかのような表情をしており、なんとも苦しそうだ。どこか痛むのだろうかとぼんやりと思った。
 ああ、そういえば。ミスラは毛布をめくってオーエンの腹部のあたりをのぞいた。午前中、このあたりに傷をつけたことを思い出した。いつものように殺し合いの最中のことである。発端はなんだったかは忘れた。どうでもいいことだろう。見たところ傷は塞がっているが、内部の損傷はまだ治っていなかったのだろうか。
 その割にはずいぶんと、と数時間前を思う。殺し合いに飽きて、傷も塞がったあたりでふたりは唇を重ねた。そしていつものように身体を重ね合わせた。果てた後に寝入ったオーエンの隣で、ミスラは眠れずに物思いにふけっていたわけである。
 苦しげに声をあげているオーエンの頬をつつく。苦しくとも眠れるなんてなんてうらやましい。いや、ねたましい。腹のあたりをつつくとさらに痛そうに表情が歪む。さらにつつこうと思ったが、なんとなく気が引けたので頬にしておく。うそつき、とつぶやいてオーエンの頬を指で何度もつつく。
「どうしてあなたは眠れて俺が眠れないんですか」
 情交後は眠気が訪れる。そう彼が言うので身体を重ねた。そしてその後も何度となく行為を求めてきた。だが一度も眠れたためしがない。気だるさと余韻に浸る時間は嫌いではないが。もしや相手が悪いのだろうか。だとすればやはり彼のせいだろう。再び頬をつつこうとした手はふいに掴まれた。
「……さっきから何なの」
 オーエンがじとりと睨みつけていた。おはようございます、とミスラが声をかけると、うっとうしそうにつかんでいた手を離した。
「気分はどうですか」
「変な夢を見るし、痛いし、つつかれて起こされるし……最悪」
「痛いんですか」
「痛いよ。傷は塞がっても完全に治ったわけじゃないんだから。痛みはかなり減らしてるけど、はあ、かけなおさないといけないかな」
 魔法で痛みを和らげていたのかと納得した。そうまでしてまでしたかったのかと言いかけたが、オーエンからすぐさま断じて違うと否定された。本人談なのだからそういうことにしておくとして。
「眠れているのに気分は最悪と俺に言えるなんて、あなた、いい度胸してますよね」
「急に何……理不尽すぎない?」
「はあ……眠れると言ったのはあなたなのに、全然眠れないじゃないですか。嘘ついたんですか? 殺していいですか?」
「あながち嘘でもないんだよ、本来なら。おまえが眠れないのはあの月のせいだろ」
 オーエンは窓の外を指さす。夜空に燦然と浮かぶ忌々しい厄災。ミスラに不眠となる傷をつけた存在。だがミスラはオーエンの言葉は聞いていないのか、何やら考え込んで首を傾げていた。
「相手が悪いんでしょうか。他の相手であればなんとか……?」
「聞いてる? 相手が悪いって、僕以外の誰かとするってわけ? あれを? 笑わせないで。おまえとだなんて、誰も応じるわけないだろ」
「あの人とは死んでも嫌だな……屈辱を味わいそうだ……かといって……それだと……」
「勝手に想像し出さないで」
 オーエンの言葉は耳に入らず、ミスラはひとり思考に沈む。
 さまざまな相手とを考えてみたが、むかむかとして落ち着かない。自分より強いであろう相手とであればなおさら。再びオーエンとを考えてみるとしっくりとくるように感じる。なぜなのか。とっくに行為を済ませているからか。誰でもいいというわけではないのか。そこまで考えたあたりで、チレッタの呆れた声が聞こえた気がした。
『ミスラ。言っておくけど、ああいうのは誰とでもやることじゃないの。ちゃんと、この人だって選んで、やるもんなの。わかった? 節操なくやらないんだよ?』
 この行為は誰とでもやることではない。きちんと相手を選んでやることだ。その行為をするにあたり、自分は誰を選ぶか。選んだか。オーエンは自分に向けられていたミスラの視線に気づき、ややたじろいだ様子を見せた。
「……何」
「考えてみたんですが」
「聞きたくないんだけど」
「あなたでいいのかもしれません」
「は……?」
「はい、あなたでいいです」
「……で?」
「俺より弱いあなたでいいです」
「ねえ、馬鹿にしてるでしょ」
「事実なので」
「殺す」
「無理ですよ。返り討ちにしてやります」
 互いの力がぶつかり合い、真夜中に爆発音が響いた。

『じゃあミスラだったらどんな人を選ぶ?』
 あのときは自分より強い人をと言ったが、今のところは、自分より弱い彼でいいと答えよう。

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